突然ですが、契約結婚しました。
美人が睨むと、すごい迫力。いよいよ腰が引けてしまいそうになって、ギリギリのところでぺたっと笑顔を貼り付けた。

「びっくりさせてごめん。信じられないと思うけど、一応現実。私もう、柳瀬環……です」
「だからその、ヤナセタマキになった理由を聞いてんのよ。1話すっ飛ばして最終回見せられたって、1ミリも理解なんかできないわよ」

デスヨネー……。湯浅の意見は尤もで、誰もが抱いているものなんだろう。きっと、今頃オフィスでは色んな言葉が知らないところで飛び交っている。

「実は、少し前からお付き合いしてたんだけど……上司と部下っていう関係上、誰にも言わないでおこうって決めてて」
「少し前っていつよ? 先週まで、あのクソ上司! て嘆いてたじゃん」
「3ヶ月くらいかなぁ。プライベートと仕事は別だもん、クソ上司って嘆いてた気持ちも本物」

突っ込まれるだろうと想定していたから、答えは予め準備してあった。詰まることなくスラスラと言葉が出てくるあたり、我ながら女優だわ。

「お付き合いは短かったけど、上司と部下としてずっと一緒に働いてて、勝手はわかってるからさ。お互いにいい歳だし、このまま付き合っていくより結婚しようって話になって」
「……へぇ」

主任と話し合って練った設定は、なかなか湯浅を納得させてくれない。
そりゃそうだよなぁ。私達、同期なんて言葉で片付けられるほど浅い仲じゃないもの。それが、知っている相手との結婚を、後から聞かされるなんて。私だって、素直には受け入れられないと思う。それに、湯浅は()とのことを知っている。
うーん、困った。どうしたものか……。

廊下の隅で頭を悩ませていると、事務所から事務の主任が顔を覗かせた。

「湯浅さーん。所内の一大ニュースに驚くのはわかるけど、仕事始まってるよー」

渡りに船! なんて言ったら湯浅に怒られるんだろうけど、そうも言っていられない。ありがたい助け舟が出た。

「ほんと、報告できなくてごめんね、湯浅。また改めて話そう」
「……わかったよ」

無理矢理に話を切り上げて、渋々といった様子の湯浅を宥めつつ私も事務所に戻る。
と、みんな仕事に取り組みつつも、どこか興味がこちらに向いているのが感じ取れる。
うーん、やっぱり居た堪れない。けど、お互いの利益で結婚までしたんだから、これくらい我慢するしかないよなぁ……。


「つっ……かれたぁ……!」

帰宅後、カバンを投げ捨ててソファに倒れ込む。
あー、手洗いうがいしなきゃ。スーツだって皺になっちゃうし、ストッキングだって脱ぎ捨てたい。
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