突然ですが、契約結婚しました。
でも、今日は本当に疲れちゃった。いっそこのまま寝ちゃいたい……。

「おい」

……げ。頭上で低い声が響いて、ガバッと体を起こす。と、眉間に深い皺を寄せて高いところから私を見下ろす主任と目が合った。

「今日は早く帰れそうだから、ある程度物件の条件絞っておきませんか? ……って言ったのはお前だろ!」
「す、すみません……。つい、我が家だって安心しちゃって」

そうだ、今日は主任をお招きしたんだった。
うぅ、私のバカ。自分の言葉には責任を持てとか、家だからといって気を抜きすぎなんて矢が飛んでくるぞ……。
慌てて盾を構えるも、主任は弓を構えることなく、床に腰を下ろした。

「まぁ、わかるけどな。……今日は俺も疲れた」

ネクタイを緩めながら、主任が息を吐く。あ、あら……?

「仕事で忙しいのは慣れてるが、ああも好奇の目に晒されることには慣れてないからな。いつも以上に気疲れした気持ちはわかる」
「主任……」

主任の表情には、確かに疲労の色が浮かんでいた。目の前の主任は、仕事とは完全に切り離された、オフモードの主任みたいだ。

「明日も仕事だし、今日はある程度の条件だけ絞ろう。それを基に俺もいくつかピックアップしておくし、不動産屋でも話がしやすいだろ」
「あ……ありがとうございます」

さすがの段取りの良さ。仕事では鬼だとしか思わないけど、外だとこんなにも頼もしいのか。

「お茶、淹れますね」
「いや、いい。お構いなく」
「私のついでですから。座っててください」

仮面とはいえ、この人と夫婦になった。
プライベートでの姿をほとんど知らない私達は、どんな風に生活を共にしていくんだろう。


「……おはよう」
「おはようございます」

翌朝。突然の朝チュン、失礼いたします。
窓から差し込む朝日が、何とも清々しい朝です。

「朝ご飯、食べます? って言っても、トーストとコーヒーくらいしか出せませんが」
「あぁ、出してもらえるなら助かる」
「そこ、嬉しいとかありがとうじゃないんですか?」
「……洗面所借りるぞ」

キッチンから顔を覗かせて茶化す私の後ろを、布団から起き上がった主任がいつも通りの険しい顔つきで通り過ぎる。
朝チュン。いえいえ、何にもありません。
ただ、昨夜のミーティングが長引いたためにそのままうちに泊まっただけです。

昨夜、物件の条件を議題に掲げたミーティングは、それなりに意見がまとまった。都内には拘らない。通勤時の乗り換えなし、もしくは1回。築年数は特に拘らないけど、2LDK以上……などなど。
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