突然ですが、契約結婚しました。
会社の家賃手当も主任がちゃんと調べておいてくれたから、話はサクサク進んだ。
悔しいけど、やっぱり仕事できるんだよなぁ。

「カゴに入ってるタオル、綺麗なんで好きに使ってください」
「ありがとう。使わせてもらう」
「主任、一旦自分の家に戻られるんですよね?」
「あぁ、さすがにこの時期、昨日と同じシャツで過ごしたくないからな」
「だったら、昨日は主任の家にお邪魔して会議すればよかったですね。主任の家の方が会社から近いし、サクサクっと話し終えたら私が帰ればいいだけだしー」

トースターを覗き込んでスーパーで買った山型食パンを並べながら、今更そんなことを思いついて口走る。
と、洗面所から顔をさらに渋くさせた主任が戻ってきた。そのまま、「アホか」なんて言葉をぶっきらぼうに吐き捨てられる。

「あ、アホって……」
「あんなことがあったばっかりだろ。もう少し危機感持てよ」
「あんなことって……」

主任の言葉が何を指しているのかわからず、頭上にハテナがぽこぽこ浮かぶ。そんな私の様子を見て、いよいよ主任が深いため息を吐いた。

「俺達が今一緒にいる理由を忘れたのか」

……あ。
主任の言葉で言われて、ようやく合点がいった。
もちろん、忘れていたわけじゃない。でもそうじゃなくて、えぇっと。

「ありがとう、ございます」

夜道を1人で帰らせまいとしてくれた。そんな気遣いを主任から受け取る予想もしてなかったから、すぐに飲み込めなかった。

「まぁ、夜遅くなったからって泊まらせてもらった身としては、何の説得力もないけどな」
「ぷっ……あはは、確かに!」

あまりにも表情を崩さずに言うので、思わず吹き出して笑ってしまう。その空気感に、心なしか主任の口元も綻んだように見えた。

「主任、パンには何派ですか? って言っても、マーガリンかハチミツくらいしかないですけど」
「じゃあ、マーガリンで」
「かしこまりましたー」

仕事じゃない。それだけで、不思議と会話のテンポが軽くなっているような気が、しなくもなくもない……ような?

「……なんだ、それは」

そんな声が飛んできたのは、テーブルを挟んで向かい合った時。私の手元に視線を落とした主任が、怪訝そうに訊ねてきた。

「何って、パンですけど」
「見ればわかる。そうじゃなくて」

それ、と指差されたのは、はちみつ。
何の変哲もない、ついでに言うと国産でもないはちみつですが。

「さっきマーガリン塗ってなかったっけか」
「塗りましたよ。はちみつマーガリン、食べたことないですか?」
「ない。美味いのか」
「私はけっこう好きです。食べてみます?」

はい、とはちみつを差し出す私に、主任が一瞬迷った様子でそれを受け取った。
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