突然ですが、契約結婚しました。
恐る恐ると言った様子で、マーガリンの塗ったパンにはちみつを垂らしていく。はちみつマーガリン、ほんとに食べたことないんだな。

「ん、美味い」

パンを頬張った主任が一言。その目は、心なしかキラキラしている。

「でしょう? 最近の朝の定番なんです」
「へぇ、いいな。俺もまたやってみよう」
「ハマりましたね? 新生活にはトースター必須ですね」

新しく買わなくても、私のトースターを持参すればいい。幸い、1年以内に買い替えたものだから、まだまだ綺麗だと言える範囲内だ。

「あ、そうだ。昨日伝え忘れてたんだけど」

そんな前置きとともに、主任の表情は神妙になる。

「日曜日、実家に帰ることになった。物件探しと立て続けで悪いが、一緒に来れないか」
「え」
「親に入籍したって連絡したら……まぁ、案の定めちゃくちゃ怒られて。順番が違うだの報告が遅いだのって」

まぁ……そりゃそうだよなぁ。主任が親御さんとどんな距離感なのかは知らないけど、離れて暮らす息子からいきなり結婚の報告なんてされたらびっくりするばずだ。更には事後報告ときたらなおのこと。怒るのも無理はない。

「予定は特にないので行けますけど……確実に怒られますよね」

主任の親御さんからすれば、私は相手の実家に顔を見せる前に入籍した、常識はずれの女なわけで。いざ顔を合わせることを想像すると、少し気が重くなるというか……。
そんな私の感情を察したのか、主任が小さく頭を振った。

「小澤が怒られることはない。電話でも俺の突拍子のなさを怒られただけで、結婚自体は大歓迎だから。浮き足立って、奥さんに早く会わせろってうるさいんだ」
「そういえば、結婚はまだかって言われ続けてたんでしたね」
「耳にタコが出来るほどな」

きゅっと主任の眉間に皺が寄る。すぐそんな険しい顔するんだから。パンを食べた時みたいに、もっと気の抜けたカオをすればいいのに。癖なんだろうなぁ。

「多分、盛大にもてなされると思う。日帰りになるし、疲れることは必至だぞ」
「その言い方だと、私に来てほしくないみたいに聞こえますけど」
「あ……いや、そういうわけじゃなくて」
「わかってます。初めに言いましたし、親御さんへの挨拶もしっかり務めさせていただきます」

勢いでしたこの結婚に、意味を持たせる。そのために必要な努力があるのなら、契約を交わした以上は協力しなければ。
私の返答を聞いた主任は、少し困ったような、しかしどこか安堵の混じる表情を見せた。


土曜日。駅で待ち合わせをした私達は、その足で予約をしていた不動産屋さんに訪れた。
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