突然ですが、契約結婚しました。
話し合って絞った条件を基にいくつかピックアップしていた物件と、担当の若い男性スタッフがお薦めしてくれた物件から更に絞り込んで、いくつか内見させてもらう。
どこの物件も提示していた条件に概ね合致していたので、一旦持ち帰って再度2人で話し合うことになった。

「どこも素敵でしたけど、ビビッと来るところがあったかと言うとそうでもなかったような」
「そうだよな。条件には合ってるが、プラスアルファで決め手になるものがなかった。横並びだな」
「となると悩みますね」
「まぁ、急ぐ引越しでもないし。明日、大阪に向かう道中にでも相談しよう」
「そうですね」

目下の課題は主任のご両親への挨拶に切り替わっていて、それはどうやら共通認識のようだった。
朝7時に品川駅の港南口で落ち合うことを約束して、それぞれ帰途についた。


我ながら、擬態の天才だと思う。

「……あの夜とはえらい違いだな」

顔を合わせるなりそう言わしめたのは、今日の私の格好だ。
シアー素材で切り替えられたバルーンのスリーブに、マーメイドシルエットのベージュのワンピース。足元には花柄の刺繍が施された透け感のあるローヒールのパンプスを合わせ、メイクはナチュラルにキレイめ、髪は毛先だけをゆるふわに巻いた。誰がどう見たって、派手な佇まいだったあの夜と同じ人物だなんて思わないだろう。

「ご両親ウケは問題なさそうですか? このカッコ」
「あぁ、十分だ。よろしく頼むぞ、奥さん」

こちらもキレイめセットアップ姿の主任の横に並んで、新幹線の乗り口へと向かう。
目指すは大阪。主任のご実家だ。


新幹線に乗り込んで、新大阪駅に着いたのは10時前。そこから在来線で10数分程の駅で降り、更に10分ほど歩いたところに主任の生まれ育った家はあった。
レンガ調に造られた三階建ての一軒家。玄関先には簡単な門があり、その傍らには緑が植えられている。
辺りを見渡しても似たような雰囲気の家が多く、下町と言うより閑静な住宅街という印象を受ける街だった。

「いらっしゃい、環ちゃん! よぉ来てくれたなぁ」

インターホンを鳴らした数瞬後、玄関の扉が勢いよく開いた。中から顔を出した50代くらいの背の高い女性は、開口一番に私の名前を口にした。

「は、初めまして。えっと、ご挨拶が遅くなってしまいまして、大変申し訳ございません」

用意していた言葉は何一つ頭に残っていなかった。勢いのままに頭を下げると、頭上から軽快な声が飛んでくる。
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