突然ですが、契約結婚しました。
浮腫んだ足をパンプスから解放してやると、栓が抜けたように体中から力が抜けた。
「風呂沸かすか?」
一旦自室に戻った主任が、ネクタイを外した姿で再び廊下に現れた。自室の入口で佇んでいた私の背中に声を掛け、そのまま洗面所へと消えていく。
「うーん……私はシャワーで大丈夫です。主任が入りたいなら沸かしてください」
「いや、俺もシャワーで済ませる」
「そうですか。主任、お先にどうぞ」
洗面所からメイク落としだけ取らせてもらって、先にお化粧落としちゃおう。後は主任が上がるのを待って、ぱぱっとシャワー浴びて……。
「何言ってるんだ。先に小澤が入れ」
「へ? でも、主任お疲れでしょう」
「……ここでお前を差し置いて先に入るほど、俺は腐ってないつもりだが」
「ええええ……」
いいんですか、そんな。お疲れの上司を差し置いて。……って、違うか。主任は部下に対してじゃなくて、“小澤環”に言ってくれてるのか。
「ありがとうございます。ぱぱっと済ませて早く上がりますね」
「いい。ゆっくり入ってこい」
お風呂どっちが先に入るか、なんて。一緒に帰路についた時も思ったけど、一緒に住み始めて出交わすいろんな場面で、本当に結婚して、一緒に住んでいるんだって実感するなぁ。
「で、どうよ?」
真向かいに座るなり、開口一番に飛んできた言葉がコレ。
「どうよって聞き方がどうよ」
「何よ、皆まで言わなくてもわかるでしょぉ」
お互いの家から行き来しやすいベッドタウンの、駅前のコーヒーショップ。子連れも目立つ店内で、取り留めのない声の束が響いている。
わかりますとも。だって今、貴重な休日に呼び出してまであなたが私に聞きたいことは一つだもの。
「別に普通だよ? 仕事は今まで通りだし。変わったことと言えば、家に毎日主任がいることくらい」
「……私が聞きたいのはそれじゃない」
注文したカフェオレを前に、湯浅は不服そうに唇を尖らせた。えー……。
「私、まだ信じられないもの。小澤と柳瀬主任が一緒に生活してるなんて。全然想像つかない」
「想像しなくていい」
湯浅には散々主任のこと愚痴ってたから、こう言うのも無理ないよなぁ。
信頼を寄せている分、後ろめたいことがあるのがもどかしい。罪悪感だってある。だけど私と主任の関係は、私と主任だけの秘密なのだ。
「新居に引っ越した途端に偕成病院の案件が来たから、あんまり家でゆっくり過ごす時間もないままだけど……わりといいダンナさんだよ。積極的に家事してくれるし」
「へぇ! 私生活でもマメなんだね」
「そうだねぇ。私より家事の比重大きいんじゃない? てくらい」
嘘は言ってない。洗濯は別々だけど、お風呂洗いとか食器洗いとか掃除とか、率先してやってくれる。
「風呂沸かすか?」
一旦自室に戻った主任が、ネクタイを外した姿で再び廊下に現れた。自室の入口で佇んでいた私の背中に声を掛け、そのまま洗面所へと消えていく。
「うーん……私はシャワーで大丈夫です。主任が入りたいなら沸かしてください」
「いや、俺もシャワーで済ませる」
「そうですか。主任、お先にどうぞ」
洗面所からメイク落としだけ取らせてもらって、先にお化粧落としちゃおう。後は主任が上がるのを待って、ぱぱっとシャワー浴びて……。
「何言ってるんだ。先に小澤が入れ」
「へ? でも、主任お疲れでしょう」
「……ここでお前を差し置いて先に入るほど、俺は腐ってないつもりだが」
「ええええ……」
いいんですか、そんな。お疲れの上司を差し置いて。……って、違うか。主任は部下に対してじゃなくて、“小澤環”に言ってくれてるのか。
「ありがとうございます。ぱぱっと済ませて早く上がりますね」
「いい。ゆっくり入ってこい」
お風呂どっちが先に入るか、なんて。一緒に帰路についた時も思ったけど、一緒に住み始めて出交わすいろんな場面で、本当に結婚して、一緒に住んでいるんだって実感するなぁ。
「で、どうよ?」
真向かいに座るなり、開口一番に飛んできた言葉がコレ。
「どうよって聞き方がどうよ」
「何よ、皆まで言わなくてもわかるでしょぉ」
お互いの家から行き来しやすいベッドタウンの、駅前のコーヒーショップ。子連れも目立つ店内で、取り留めのない声の束が響いている。
わかりますとも。だって今、貴重な休日に呼び出してまであなたが私に聞きたいことは一つだもの。
「別に普通だよ? 仕事は今まで通りだし。変わったことと言えば、家に毎日主任がいることくらい」
「……私が聞きたいのはそれじゃない」
注文したカフェオレを前に、湯浅は不服そうに唇を尖らせた。えー……。
「私、まだ信じられないもの。小澤と柳瀬主任が一緒に生活してるなんて。全然想像つかない」
「想像しなくていい」
湯浅には散々主任のこと愚痴ってたから、こう言うのも無理ないよなぁ。
信頼を寄せている分、後ろめたいことがあるのがもどかしい。罪悪感だってある。だけど私と主任の関係は、私と主任だけの秘密なのだ。
「新居に引っ越した途端に偕成病院の案件が来たから、あんまり家でゆっくり過ごす時間もないままだけど……わりといいダンナさんだよ。積極的に家事してくれるし」
「へぇ! 私生活でもマメなんだね」
「そうだねぇ。私より家事の比重大きいんじゃない? てくらい」
嘘は言ってない。洗濯は別々だけど、お風呂洗いとか食器洗いとか掃除とか、率先してやってくれる。