突然ですが、契約結婚しました。
ダンナサンとしてどうかはわからないけど……同居人としては、今のところ文句のつけどころがないのが現状だ。

「2人なりに上手くやってんのね。よかった」
「うん。ありがとね、心配してくれて」
「そりゃ心配もするわよ。入社時からの付き合いで、曲がりなりにも色々見てきたんだから」
「あはは……。そうだよね」
「……結婚のこと、健太くんには報せたの?」

声を潜めながらも、この同期は容赦がない。思わず苦笑が漏れた。

「まさか。わざわざ報せないよ」
「そっか、そうよね」
「むしろ、村田くんから話が行くと思ってたけど」

村田くんというのは湯浅の旦那さん。
私達と同い年の薬剤師で、湯浅とは仕事の繋がりで出会ったそうな。

「あんまり驚いたから大輔には話しちゃったけど、健太くんには絶対言わないでって口止めしてる。伝えていいかもわかんないし、私達から話が行くのは違うだろうって」
「お気遣いありがとね。デキる夫婦を友達に持ったわ、私」
「もう。茶化さないで」

ごめんごめん。でも、ほんとだよ。
たった数ヶ月。されど数ヶ月。“シアワセ”から顔を背けて逃げた私には、結婚したという事実を彼に届ける勇気も、後ろめたさからくる罪悪感に耐える強さもない。
それでも、私の弱さに怒るでもなく責めるでもなく、ただ傍で見守ってくれている湯浅や村田くんには感謝している。

「いつか、彼が別の人と幸せになって会うことがあれば、その時は伝えられたらいいかな」

レモンティーが入ったグラスの中で、カランと氷が鳴く。
窓の外は、今シーズン1番の暑さを観測するらしい。


すっかり日が暮れた頃。家に帰ると、リビングの電気がついていた。
いるんだ、とぼんやり思いながら、洗面所に向かう。
手元のスマートウォッチが表示している時刻は19時30分。晩ご飯前に解散したのに、結構遅くなっちゃったなぁ。

「……から、……ったって」

……あれ?
自室に戻って部屋着に着替えた後、リビングのドアノブに手を掛けた時、扉の向こうから声が聞こえた。思わず、ぴたりと動きが止まる。
誰か来てるの? 首だけを捻って玄関を確認しても、土間にある靴は全て見覚えがあった。

「ってことは、電話か」

帰ってくるタイミングが悪かったなぁ。
小腹が空いたから軽く何か作って食べようと思ったけど、誰かとの通話中にその場に居合わせられるような関係でもなし。出直そーっと。
と、体を翻したのとほぼ同時。
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