突然ですが、契約結婚しました。
「フレンチのフルコース期待してます」
「語尾にハートをつけて言うな。寝言は寝て言え」
「ちぇーっ。食べたかったなぁ、主任のデセール」
「よりによってデザートかよ!」

カウンター越しに叩かれる軽口は気楽なものだった。まるで、お酒の勢いで結婚を決めたあの夜みたいに。
その後、食卓に向かい合って食べた親子丼の味は悪くなかった。


あっという間に土日が過ぎ去った後、業務の忙しさがピークを迎えた。

「あ、あれ? この商品って、この金額で粗利35%も出ましたっけ……?」

時計の短い針が指すのは20の文字。パソコンを叩く手がふと止まった。ついさっきまでは処理出来ていた内容が、急に頭から消えたのだ。
そんな様子なんかつゆ知らず。主任の深いため息が離れたところから聞こえてくる。

「出ん。価格改定前の料金を入力してるからそうなるんだ」
「あ……そっか。すみません、ぼうっとしてました」
「価格改定から3ヶ月以上経ってるぞ。新人じゃあるまいし、そんなつまらないとこで躓くな」

うっ……ざ! 絵に描いたイヤミ上司か!
思わず口を衝いて出そうになった言葉を慌てて飲み込む。がばっと顔を上げても、向かい側に座る主任は液晶から視線を外すことなくパソコンと向かい合っていた。
あぁそう。そうだよ、この人こういう人だよ!
引っ越しの準備や作業はスムーズに進んだし、マメさに助けられたりもしたけど、仕事に関しては思いやりもへたっくれもない。

「……やっぱり嫌い」

パソコンを睨みつけながら、恨み節を口の中で転がす。
パートナーとして上手くやっていけるかも、なんて思っても、好き嫌いになると話は別! もうちょっとマシな言い方が出来てもいいじゃんか。ねぇ?

「そろそろ時間だな」

軽快だったタイピング音がはたと止まり、呟くような声が聞こえてきた。時計を見上げると、23時40分。戸締まりもしなきゃいけないので、この時間がリミットだ。
パソコン……はさすがにしんどいけど、資料くらいは持って帰るかぁ……。

「小澤。今鞄に入れたやつ、置いて帰れよ」
「……え」
「書類入れたろ。こんな時間から持ち帰って仕事するつもりか」

換気のために僅かに開けられていた窓を閉めつつ、平坦な声で主任が諭す。
う。見てたの。

「持ち帰るだけですよぅ」
「だったら尚更要らんだろ」
「価格表の最終確認だけなので」
「明日でいい。出せ」

語気を強められ、私は渋々鞄からファイルを抜いた。
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