突然ですが、契約結婚しました。
「あっはっはっ! やりそう、小澤ちゃん」
「でしょう」
「……どうせ私は詰めの甘い半人前ですよぅ」

ばつが悪くなって、声も肩身も小さくなる。そんな私の様子を見て、佐々木さんが慌てたように首をぶんぶん振った。

「違う、そうじゃなくて」
「へ?」
「仕事のためなら無理しちゃうってとこ。小澤ちゃんなら限界が見えてても頑張っちゃうんだろうなって」
「あ、いや、そんな……」
「自分を顧みずいつも全力で取り組む小澤ちゃんだから……心配なんでしょ、柳瀬くん?」

アルコールのせいで赤くなった佐々木さんの目が、とろんと優しく私を見つめていた。その向こうで、主任は前を向いたまま。あえてこちらを見ないようにしているようにも見える。

「どうですかねぇ」
「もう、素直じゃないんだから。夫婦なんだし、照れないでもいいのに〜」
「照れてません」

後輩いじりモードに突入しつつある佐々木さんに、今度は主任の表情が渋くなっていく。不機嫌というより……身の置き所を探しあぐねているような。

「……俺、他の人にも挨拶してきます」
「あ、柳瀬くん逃げた」
「逃げてません」

渋い顔のまま、腰を上げる主任。みんなへの挨拶回り、途中だもんねぇ。色々突っ込まれる前に立ち去りたいよねぇ。
目線だけでぼんやり追っていると、立ち上がる動作の途中で主任と視線が絡んだ。

「じゃあ、失礼します。飲みすぎて佐々木さんに迷惑かけるなよ、小澤」

アルコールの気配を感じさせない声色と表情でそう言い残し、主任は隣のテーブルに移動していった。その様子を見て、佐々木さんがおかしそうに笑う。

「相変わらずだねぇ、柳瀬くん」
「ほんとに。わかりづらいですよね」

わかりづらいけど、わかる。こういう物言いをする時ほど、この人は素直じゃない。素直じゃないけど、思っていないわけじゃない。
結婚前だったら、その真意なんて知る由もなくて、なんであんなこと主任に言われなきゃならないの!? って湯浅に愚痴ってたんだろうなぁ。

「結婚の報告の時は、想像もしてなかったからびっくりしたけどさ。今みたいに話すと、本当に夫婦なんだなーって思うね」
「……え?」
「長らく一緒に仕事してたってのもあるのかな、お互いがお互いのペースを把握してるっていうかさ。お似合いの2人だね」

お酒のせいか普段より細められていた目が、更に弓なりに形作られる。そこに込められた惜しみない祝福の意を前に、どんな表情を浮かべばいいのかわからなくて。顔を、背けたくなった。
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