突然ですが、契約結婚しました。
「悪くないと思うけどなぁ。偽物だからこそ、慰安旅行感覚で。どう?」

肩を竦めつつ、タイガさんが封筒を再び引っ込める気配はない。そこで空気を読んでしまうのが主任だ。

「…………」
「…………」

封筒は主任の掌の中にある。私はその隣で、ただ黙って見守ることしか出来ない。

主任と2人きりと思うと即答はできないけど……平日は仕事に忙殺され、休日に揃ってリビングでパソコンを開くことも少なくない。それを思うと、慰安旅行という響きに心揺れる自分がいることも確かだ。

「……小澤」
「はい?」
「慰安という名目で、俺と旅行に行くのに不都合はあるか」

なんだよぅ、その聞き方。顔、めっちゃ渋いし。ミーティングなんかで採決とる時よりも難しいカオ。
まぁ、私と旅行に行くには、関係が微妙すぎて素直に答えられない気持ちはわかるけど……。

「私は特に。主任こそ」
「俺も特にない」
「じゃ、決まりですね。タイガさん、遠慮なく頂戴しますがいいですか」
「もちろん。善さんや俺の分まで、楽しんできて」

チケットの日程は翌週末。かくして、私と主任の温泉地行きが決まったのだった。


羽田からの飛行機に乗り、1時間20分ほど。そこから主任が運転するレンタカーに揺られること30分、目的地が見えてきた。

「あ、ここです! ここ、来たかったんです」
「賑わってるな。駐車場はないんだったか」
「そうみたいです。有料パーキングに停めて、少し歩かなきゃいけないみたいで」
「わかった。大社の手前のパーキングにでも停めよう」

サングラスをかけた主任が、慣れた手つきでハンドルを切る。
プライベートで主任の車に乗るのは新生活の準備の時以来だけど、相変わらずソツのない運転。……助手席から撮った写真、会社や取引先で売り出したら高値で売れたりするんじゃない?

「小澤。着いたぞ」
「へ? あ……すみません」

名前を呼ばれて顔を上げると、とっくに車から降りていた主任が外からこちらを覗き込んでいて、私は慌ててシートベルトを外した。いかんいかん。仮にも夫で金儲けしようだなんて思っちゃいけないわ。
車を降りると、道路とは反対側に林が広がっている。

「中見えない。さすがの規模ですね」
「あぁ。全国の神様が集う場所らしいからな」

タイガさんから譲り受けたチケットの行き先は、ご縁の国だという島根県だった。善さんとそのご友人の目的は、空港から30分ほどのところにある玉造温泉だったらしく、お宿はそこの旅館をとっている。
チェックインの時刻までまだ時間があったから、事前に調べてヒットしたお店にランチを食べにきたのだけど……。
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