突然ですが、契約結婚しました。
「目の前で旦那さん口説かれるなんて、小澤さんも大変ですね」

運ばれてきたパスタにフォークを絡めながら、田辺くんが言う。歯に衣着せぬ物言いは、さすが、上長達の間で主任の後釜に選ばれただけのことはある。

「主任の人気は、今に始まったことじゃないしねぇ」
「えー。妬いたりしないんですか?」

二刀流メジャーリーガーもびっくりのド直球。
夫婦にくっついて引き継ぎなんて大変だな、と彼が同僚から労われていたことは私も主任も知っている。私達の事情で環境を変えてしまうことに、多少なりとも罪悪感があった。……んだけど。

「……結婚までして、今更妬いたりとかしないよ」
「すげぇ、小澤さん大人ですね!」

溌剌とした田辺くんの声。私達との引き継ぎに、気まずさなんか全く感じてなさそうだなぁ……。



「帰り、牛丼でも買って帰るか」
「賛成です。おろしポン酢がいいです」
「大盛りでも何でも頼め」

20時過ぎ、並んで会社を後にする。引き継ぎ内容を確認していたので、退社の時間が被ったのだ。

「それにしても主任、バタバタですね」
「ん?」
「田辺くんのエリアも丸ごと引き継ぐんでしのょう? 既存でそのまま残す病院を含めたら、業務量増えませんか?」
「そうでもないぞ。債権自体は今とさほど変わらん」

それより、と視線が斜め上から投げられる。ギク。これは上司からの視線。

「田辺の指導、頼むぞ。多少は仕方ないが、大幅に売上落とさせるなよ」
「……わかってますよぅ」

思わずいじけた口調になると、主任がハッとしたように口元を押さえた。くぐもった声で、悪い、と短い謝罪が入る。

「仕事終わりにする内容じゃなかったな」
「え……あ……いえ」

思わぬ謝罪が入り、鳩が豆鉄砲を食ったような反応をしてしまった。
今はプライベートの時間……ってこと、なのかな。上司と部下であり契約婚のパートナーでもある私達の間では、その線引きはなかなか難しい。

「主任、今日持ち帰り仕事はありますか?」
「いや、全部置いてきた」
「じゃあ、うちに帰ってご飯食べてお風呂入って、余裕があれば一杯だけどうですか」

イタズラにくいっと呷る動作をすると、隣で主任が呆れたように笑った。

「とことん呑兵衛だなぁ俺達」
「いいじゃないですか。一杯だけで潰れるようなタチでもないですし、寝酒感覚で」
「寝酒って……おっさんかお前は」

あらやだ失礼しちゃう。まだ若いもん。朝までとかは、もう体力もたないけど。
< 70 / 153 >

この作品をシェア

pagetop