突然ですが、契約結婚しました。
「いいよ、付き合う」
「あはは、やった。コンビニも寄って帰りましょ」
「買うのは1本だけだぞ」
「そんなこと言って、ウイスキーのボトル買い足したの知ってるんですからね」

私のツッコミに、主任の眉が困ったように下げられた。

「休日の運動後の楽しみなんだよ。許せ」
「よくジム行ってますもんね」

休日の主任の動向を確認したりはしないけれど、同居生活が長くなってくると少しずつわかってきた。彼は駅前にあるマシン特化型のジムの会員で、隙間時間を見つけては汗を流しに行っている。それを知ると、妙に引き締まった主任の体型にも納得だわ。

「小澤も通うか?」
「えっ! 無理です筋トレとか!」
「有酸素マシンもあるし、結構女性も多いけどなぁ」

簡単に言うけれど、社会人5年目女子の運動不足を舐めないでほしい。そりゃ、たまーにYo●Tubeを見ながらストレッチやダイエット動画の筋トレやったりはするけれど、通うとなると話は別だ。

「機会とやる気と元気があれば是非」
「一生行くことないなそれは」

息を吐きながらそれでも笑って、私達は家路につくのだった。


仕事の合間、私用のスマホに着信が入っていることに気がついた。珍しい、と何の気なしに画面を確認したところで、息を飲む。

「どうして」

【小澤千佳】と機械的に表示された着信履歴。この4文字を最後に目にしたのがいつなのか、私はすぐに思い出すことができない。
時間を確認すると、1時間ほど前にかかってきていたらしい。ちょうど、納品に行っていた時間帯だ。

「どうかしたのか?」

前方から声がかかって顔を上げると、主任が不思議そうに私の様子を伺っていた。胸がギュッと締め付けられる。

「……いえ! 何でもないです。お待たせしてすみません。行きましょう」

着信履歴を削除して、私用スマホを鞄の奥底に仕舞い込んだ。
きっと、電話帳を開いた時に手が当たったとか、そんな理由のはず。もしそうじゃなかったとしても……私には、電話を折り返す理由がないもの。


休日の夕方、リビングでパソコンと睨めっこをしていたところにインターホンが鳴った。モニターで確認すると宅急便のお兄さんが映っていて、受け取った荷物はクール便だった。

「主任。今いいですか?」

リビングから主任の部屋の扉を叩くと、メガネ姿の彼はすぐに出てきた。完全にオフ姿の主任だ。
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