突然ですが、契約結婚しました。
「すみません、お休みのところ」
「いや、ちょうどひと段落したところだ」

そう言って見せられたのはカバーをつけた文庫本。なるほど、今日は読書デーですか。ほんと、期待を裏切らないな、この人。

「お義母さんからクール便が届きまして」
「またか!」

間髪入れず主任が声を上げて、私は思わず笑ってしまった。俗に言う『親の真心便』が届いたのはこれで数回目で、主任は呆れたように息を吐いている。

「いつまで浮かれてるんだあの人らは……」
「素敵なご両親じゃないですか」
「俺もう32だぞ」

言いつつ、テーブルの上に置いていたクール便の箱を主任が開けた。中身は何と、お肉ではないですか。
サシの入ったお肉が綺麗にトレイに並べられて、発泡スチロールの中に鎮座している。ドライアイスの冷気が、まるで宝箱を開けた演出にも思えた。

「い……いいんですかね、こんな高そうなお肉」
「いいんじゃないか。勝手に送りつけてきてるんだから」
「もう、主任ってば。後でお礼の電話しなきゃ」
「そうしてやってくれ。母さんがこれ食べてほしいの、俺じゃなくて小澤だろうから」

そう言ってパックを両手に颯爽とキッチンへと行ってしまう。
主任の言う通り、お義母さんは義理の娘として、私のことを気に入ってくれている。こうして主任宛ての荷物が唐突に届くことはあれど、気持ちを押し付けるようなことはけしてしない。付かず離れずの距離で、私のことを可愛がってくれている。
素直に嬉しい。そう思う反面、困惑する自分がいるのも事実だ。

『はい、もしもし』
「もしもし。お義母さんですか? 環です」
『あら、環ちゃん!』
「お肉、届きました。こんなにたくさん、ありがとうございます」
『いーえ。ごめんねぇ、連絡なしに送りつけちゃって。真緒、今日なら家にいるって言うから』

聞くと、お肉はふるさと納税の返礼品のお裾分けだと言う。てことは、普段買わないようなランクのお肉なわけだ。
よかったら食べてね、とお義母さんの声は明るい。少し他愛もない話をしてから、電話を切った。

「小澤。今日の夜、出掛けるか?」
「いえ。特に予定はないです」
「そうか。じゃあ、すき焼きでもしないか。肉、平日は料理出来ないだろ」
「確かに。いいですね、すき焼き。賛成です」

あ、でも冷蔵庫の中、ほとんど野菜ないや。糸蒟蒻も麩もない。ちょうどお砂糖もなくなるところだったし……。

「じゃあ、後で買い物行かないとな」
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