突然ですが、契約結婚しました。
「びっくりした。どうしたんですか」
「待ってたんだよ、帰ってくるの! 小澤、すごいな!」

突然褒められても、何が何やら。首を傾げると、元野さんの声と眉、態度までもが顰められる。

「柳瀬主任だよ。奥さんに言うのもアレだけどさ、よくついて行ってたよな」
「あー……」

言われてようやく納得する。
なるほど。1言われれば10わかってしまうので、苦笑いで返すことしかできない。

先月の人員編成で、主任は元野さんと、2年目の女の子、佐川さんが持つエリアを一緒に担当することになった。中堅に差し掛かりつつある元野さんを以てしても売り上げが伸び悩んでいたエリアに、今回梃入れするような形で主任が入った。……んだけど。

「大丈夫ですか、佐川さん」
「ちょっと! 俺の心配もして!?」

大袈裟に噛みついてくる元野さんを適当にいなしつつ、思わず苦笑いを浮かべる。
元野さんはともかく、2年目の佐川さんにはつらいところもあるだろう。主任の指示はいつも的確で、その分容赦がない。主任は主任なりに気にかけてくれるんだろうと今なら思えるけど……なんせ、わかりにくいからなぁ……。

「元直属の部下から言えるのは、頑張ってくださいってことだけです」
「無慈悲!」
「あはは。お役に立てずすみません。もはや、やるしかないですからねぇ」

私の返答に、元野さんがガクッと肩を落とす。主任へのついて行き方なんて、今でも私が教えてほしいくらいだ。

「すげぇよな、俺と3つしか変わんねぇのに。俺、3年後にあんな風になれてる自信、全くないわ」
「私もです」

……と、そういえば。

「主任は? まだ戻ってないんですか?」

事務所を覗き込むも、主任の姿はない。ホワイトボードに記載された帰社予定時刻はとっくに過ぎているというのに、デスクの上に荷物もない。
私の問いに、あぁ、と元野さんが応える。

「今日、最終の納品先でたまたま製薬会社のMRの人とタイミングが重なってさ。病院側がバタバタしてたから一緒に待機してたんだけど、主任、その人と意気投合しちゃって」
「まさか、話し込んでるとか?」
「多分」

なんと。製薬会社のMRなんて、同じ営業職とはいえ普段関わることなんてほとんどない。フィールドとする業界は同じなので、話す機会があれば情報交換くらいはするけれど……。

「よっぽど気が合ったんですね」
「だろうなぁ。年齢聞いたら、俺と同い年だって言うからびっくりしたよ」
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