突然ですが、契約結婚しました。
目の前には、先に帰宅した主任が作ってくれていたトマトパスタ。フォークに巻きつけたまま、私は手を止めてしまっていたらしい。
「あ……すみません、ぼうっとしちゃった」
「いや。口に合わなかったか」
「まさか。美味しいです、とっても」
冷凍ご飯が切れていることに気付いて、すぐに献立をパスタに切り替えたそう。トマト缶があるからと、すぐに調べてソースまで作ってしまうから憎い。冷凍する分のご飯も同時に炊いているのだから殊更だ。
「主任の方が家事力、断然上ですよね」
「なんだそれ。上も下もないだろ」
「ありますよ。掃除とか洗濯とか、主任の方がきっちりしてる」
私はまあるく掃いちゃうタイプなので。そう言うと、主任はまた、なんだよそれと笑った。
ただの上司と部下だった頃なら、眉間に皺を寄せて、ちゃんと隅まで掃けと一蹴されていたところだろうに。
「丸く掃いても、やらんよりはいい。全部100点でこなす必要はないぞ」
「でも、主任は100点でこなすでしょう」
「どんなスーパーマンだ俺は」
言いつつ、主任の口に最後の一口が放り込まれる。その所作も、ソツがなくて憎い。
いつだって100点だったよ。あなたも、……彼も。だから、怖くなったんだ。
『全部自分が悪かったなんて、環ちゃんが全部背負う必要なんかないよ』
固く閉じたはずの記憶の箱が、鈍い音を立てて開こうとしていた。
師走とはよく言ったもので、瞬きする間に颯爽と時間が過ぎていくような感覚だった。
気が付けば12月も中頃。仕事終わりに私用のスマホを確認すると、それと同じタイミングで着信画面に切り替わった。
びっくりして、思わずスマホをお手玉してしまう。それを何とかキャッチして、画面に表示された名前を見て息を呑んだ。
「なんで……」
【小澤千佳】と表示される液晶画面。この名前がスマホを振るわせるのは、1年のうちでも数えるほどしかないんだけど。
ふと、先月も着信が入っていたことを思い出す。
「…………」
何か、特別な用事でもあるのかな。デスクの上にまとめていた荷物を持って、まだ数人残るオフィスに声をかけてから通話ボタンを押した。
「……もしもし」
声がつっかえて、1音目は少し掠れた。もしもし、と電子のフィルターを通した呼びかけが同じトーンで返ってくる。声を聞くのは、一体いつぶりだろう。
「やっと出た。あんた、電話出ないから」
「……仕事、忙しいの。何の用? ──お母さん」
蛍光灯がぼんやりと灯る階段に、私の声は嫌に響く。
「あ……すみません、ぼうっとしちゃった」
「いや。口に合わなかったか」
「まさか。美味しいです、とっても」
冷凍ご飯が切れていることに気付いて、すぐに献立をパスタに切り替えたそう。トマト缶があるからと、すぐに調べてソースまで作ってしまうから憎い。冷凍する分のご飯も同時に炊いているのだから殊更だ。
「主任の方が家事力、断然上ですよね」
「なんだそれ。上も下もないだろ」
「ありますよ。掃除とか洗濯とか、主任の方がきっちりしてる」
私はまあるく掃いちゃうタイプなので。そう言うと、主任はまた、なんだよそれと笑った。
ただの上司と部下だった頃なら、眉間に皺を寄せて、ちゃんと隅まで掃けと一蹴されていたところだろうに。
「丸く掃いても、やらんよりはいい。全部100点でこなす必要はないぞ」
「でも、主任は100点でこなすでしょう」
「どんなスーパーマンだ俺は」
言いつつ、主任の口に最後の一口が放り込まれる。その所作も、ソツがなくて憎い。
いつだって100点だったよ。あなたも、……彼も。だから、怖くなったんだ。
『全部自分が悪かったなんて、環ちゃんが全部背負う必要なんかないよ』
固く閉じたはずの記憶の箱が、鈍い音を立てて開こうとしていた。
師走とはよく言ったもので、瞬きする間に颯爽と時間が過ぎていくような感覚だった。
気が付けば12月も中頃。仕事終わりに私用のスマホを確認すると、それと同じタイミングで着信画面に切り替わった。
びっくりして、思わずスマホをお手玉してしまう。それを何とかキャッチして、画面に表示された名前を見て息を呑んだ。
「なんで……」
【小澤千佳】と表示される液晶画面。この名前がスマホを振るわせるのは、1年のうちでも数えるほどしかないんだけど。
ふと、先月も着信が入っていたことを思い出す。
「…………」
何か、特別な用事でもあるのかな。デスクの上にまとめていた荷物を持って、まだ数人残るオフィスに声をかけてから通話ボタンを押した。
「……もしもし」
声がつっかえて、1音目は少し掠れた。もしもし、と電子のフィルターを通した呼びかけが同じトーンで返ってくる。声を聞くのは、一体いつぶりだろう。
「やっと出た。あんた、電話出ないから」
「……仕事、忙しいの。何の用? ──お母さん」
蛍光灯がぼんやりと灯る階段に、私の声は嫌に響く。