突然ですが、契約結婚しました。
それはきっと、彼女の方も同じなんだろう。
だから私達の会話には不自然な間があって、他人よりも他人行儀なのだ。

「じゃあ、そういうことだから」
「うん」

電話はどちらからともなく切られた。無機質な電子音だけが手元に残る。

「再婚……」

それは、もう一度家族を作ると決めたってこと。その覚悟をしたってこと。
どうやって? 私が知る彼女は、その努力を放棄していた。彼女にとっては、家族なんて必要ないんだと思っていた。冷え切った家に、冷え切った関係。私にとっては、それが普通だったのに。
すうっと、冷たいものが体の真ん中を通る。

「……どの面下げて」

窄めた喉が鳴らした音は、驚くほど低かった。



仕入れ先や納品先の休みの関係もあり年末は怒涛の忙しさで、クリスマスなんていう浮かれたイベントは気が付いたら過ぎ去っていた。

「小澤、お疲れ〜」
「お疲れ。ごめんね、これだけすぐに片付けるから」
「いいよいいよ。ゆっくりやって」

営業のフロアに顔を出したのはコートを着た湯浅で、パソコンに向かう私も上着を羽織りつつキーボードを叩く。
仕事納めの12月28日。私達は久しぶりに晩ご飯を共にする約束をしていた。

「営業で飲み会とかの話にならなかったの?」
「一応話には挙がってたけど、都合つかなかったりで。新年会だけやろうってことで落ち着いた」
「そっか〜。まぁ、人数も多くなるし大変よね」

データ入力を終わらせてからエクセルを閉じ、パソコンの電源を落とす。デスクの足元に置いていた黒いバッグにパソコンを突っ込んで、慌てて湯浅に駆け寄る。

「お疲れ様でした、お先に失礼します」
「お疲れ様でした」

まだぽつぽつと人が残るフロアに挨拶をして、私達はオフィスを出た。エレベーターのボタンを押して呼び出している間に、湯浅が首を傾げる。

「そういえば、主任は? もう帰ったの?」
「うん。主任のことだから残るのかと思ってたけど、今日は早々に帰ったよ。誰かと飲みにでも行くんじゃない?」
「飲みにでもって、そんな他人行儀な」

ツッコミが飛んできて思わず笑ってしまった。本物の夫婦でないことは図星なので、返す言葉もない。

主要駅で電車を降りて、湯浅と向かったのは最近人気だというイタリアンバルだ。仕事納めの日ということも相まってか、店内はまるで祭りの夜の如く賑わっていた。
湯浅が予約してくれていたので、スムーズに席に通される。予約がなかったら待ち時間が読めず、今頃途方に暮れていた頃だろう。
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