突然ですが、契約結婚しました。
「メニュー見ると一気にお腹空いてくるね」
「ね。私、今日はここの釜焼きピザ食べるために仕事頑張ったもん」
「1年の終わりに一番にピザが来るのね」
「食は譲れないからね」

ドリンクメニューを眺めながら軽口を叩く。ワインには明るくない私だけど、銘柄の下にそれぞれの特徴を書いてくれているから易しい。

「どうしよっか、各々頼む? それとも、ボトル開けちゃう?」

湯浅もワインはいけるクチだ。ボトルを開けても、問題なく空っぽに出来るだろう。そう思って投げかけるも、湯浅は申し訳なさそうに首を振った。

「ごめん、私ソフトドリンクで。小澤は飲んでね」
「そうなの? 体調悪い……とかじゃないよね?」

こういった席で湯浅がアルコールを控えるのは稀だ。それこそ、入社してすぐの頃は、仕事のストレスを金曜日にお酒にぶつけて、2人して二日酔いに見舞われたこともあったくらいだ。待ち望んだ土曜日を寝込んで過ごして、自己嫌悪に陥ったっけ。
テーブルを挟んで顔を覗き込むと、彼女は「後で言うつもりだったんだけど」と前置いてはにかんだ。

「妊娠したんだ、私」

周りの喧騒が一気に遠くなった。無防備だったところを真正面から(はた)かれて、瞳が瞬時に乾くほど瞠目した。

「顔、カオ。黄色いスポンジみたいな目になってるから」
「せめて固有名詞言って……」
「そういう問題?」

テーブルの上で腕を組んで、湯浅がおかしそうに笑う。

「想像以上のリアクションで嬉しいわ」
「だって。いつかはとは思ってたけど……まさか今日報されるなんて思わないじゃん!」
「なんでよー。2人でご飯なんて、絶好の機会じゃない」

それもそうなんだけど!
予期せぬ吉報に、全身が熱を帯びていくのがわかる。
同期が、一緒に苦楽を共にした戦友が、おかあさんになる。
そっか。そっかぁ……。

「おめでと、湯浅」
「ありがと」

微笑む湯浅はとても穏やかな空気を纏っていて、きっといいお母さんになるんだろうなと思った。その夫である村田くんも、いいお父さんになる想像がつく。芽生えたばかりの小さな小さな命を待つ未来は、きっと幸せだ。

「産休はいつから?」
「まだ主任にしか報告してないから何とも言えないけど、夏前くらいかなぁ」
「そっかぁ。きっとあっという間なんだろうね」
「ねー。あっという間につわりも過ぎ去ってくれたら最高なんだけど」
「それはもう、赤ちゃんに拝んどこ」
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