突然ですが、契約結婚しました。
だけど、改まって言うタイミングを逃したままここまで来てしまった。これは完全に私の落ち度だ。
「帰ったら……タイミング見て話しておこうかな」
「主任、元カレとか気にしないタイプなの?」
「まぁ……うん、そうだね。大丈夫だと思う」
へぇ、そんな偶然もあるんだな。わかった。上手く誤魔化しておく。私が話せば、主任はそう言うに違いない。
いつだったか、過去に付き合っていた人の話を少しだけしたことがあった。それが彼なのか、と主任の中で合点がいくかもしれない。けど、そこまでだ。それ以上は、きっと何も言ってこない。
「さすが主任。大人の余裕だね」
湯浅が感心したようにそう言って、氷が溶けてグラデーションを描いていたオレンジジュースを呷った。
良いお年をという言葉と共に湯浅を改札まで送り届けて、私も自分の路線の改札を目指す。左手につけた腕時計を見やると、時刻はまもなく23時になる頃だった。
終電はまだある。今から向かっても、一杯くらいなら余裕で飲み干せるだろう。少しの疲労感はあるけど……。
数瞬の逡巡の後、足は自然と北斗七星の名を持つあの場所へと向いていた。
重厚感のある黒い扉を開くと、店内は2、3軒目だろうという人の姿でほぼ埋まっていた。
「いらっしゃいませ。って、タマちゃん」
「こんばんは。空いてますか?」
「ちょっと待ってね、すぐに片付けるから」
カウンターの向こうで慌ただしそうにしながらも、抜かりなく笑顔を向けてくれるタイガさん。どうやら奥のカウンター席が空いているようなので、遠慮なく待たせてもらう。
さっきのバルとはもちろん違うけれど、賑わってるなぁ。
仕事納めだからか、スーツの背中が目立つ。1人で来てる人、部下らしき人と並んで座る人、肩が触れる距離感で座るカップル。みんな、それぞれに年の瀬のひとときを過ごしていた。
「…………」
「お待たせ、タマちゃん。片付いたよ」
「ありがとうございます」
奥の席に通され、ハンガーにアウターを掛ける。バーにはあまり似つかわしくない、THE・営業! って感じの黒いダウンだ。
「何飲む?」
おしぼりとコースターを出しつつ、タイガさんが尋ねてくる。
「タイガさんチョイスで。年の瀬っぽいやつがいいな」
「また難しいオーダーをするね、ツレの奥さんは」
「やだ、仮初ですよぅ」
ケタケタ笑いながらもタイガさんは私の面倒くさいオーダーを請け負ってくれた。
「帰ったら……タイミング見て話しておこうかな」
「主任、元カレとか気にしないタイプなの?」
「まぁ……うん、そうだね。大丈夫だと思う」
へぇ、そんな偶然もあるんだな。わかった。上手く誤魔化しておく。私が話せば、主任はそう言うに違いない。
いつだったか、過去に付き合っていた人の話を少しだけしたことがあった。それが彼なのか、と主任の中で合点がいくかもしれない。けど、そこまでだ。それ以上は、きっと何も言ってこない。
「さすが主任。大人の余裕だね」
湯浅が感心したようにそう言って、氷が溶けてグラデーションを描いていたオレンジジュースを呷った。
良いお年をという言葉と共に湯浅を改札まで送り届けて、私も自分の路線の改札を目指す。左手につけた腕時計を見やると、時刻はまもなく23時になる頃だった。
終電はまだある。今から向かっても、一杯くらいなら余裕で飲み干せるだろう。少しの疲労感はあるけど……。
数瞬の逡巡の後、足は自然と北斗七星の名を持つあの場所へと向いていた。
重厚感のある黒い扉を開くと、店内は2、3軒目だろうという人の姿でほぼ埋まっていた。
「いらっしゃいませ。って、タマちゃん」
「こんばんは。空いてますか?」
「ちょっと待ってね、すぐに片付けるから」
カウンターの向こうで慌ただしそうにしながらも、抜かりなく笑顔を向けてくれるタイガさん。どうやら奥のカウンター席が空いているようなので、遠慮なく待たせてもらう。
さっきのバルとはもちろん違うけれど、賑わってるなぁ。
仕事納めだからか、スーツの背中が目立つ。1人で来てる人、部下らしき人と並んで座る人、肩が触れる距離感で座るカップル。みんな、それぞれに年の瀬のひとときを過ごしていた。
「…………」
「お待たせ、タマちゃん。片付いたよ」
「ありがとうございます」
奥の席に通され、ハンガーにアウターを掛ける。バーにはあまり似つかわしくない、THE・営業! って感じの黒いダウンだ。
「何飲む?」
おしぼりとコースターを出しつつ、タイガさんが尋ねてくる。
「タイガさんチョイスで。年の瀬っぽいやつがいいな」
「また難しいオーダーをするね、ツレの奥さんは」
「やだ、仮初ですよぅ」
ケタケタ笑いながらもタイガさんは私の面倒くさいオーダーを請け負ってくれた。