突然ですが、契約結婚しました。
「予め言っておけばよかったですね。すみません、不自然に逃げ帰ってきちゃって」
「いや、それはいい」
「身勝手に別れちゃったから、どうしても気まずくて。未だにそんなふうに思うこと自体、思い上がりも甚だしいかもですけど」

自分の分も水を注いで、喉を潤す。冬場でも、お風呂上がりの温まった体に冷たい飲み物は気持ちいい。

「彼、何か言ってました?」
「いや……。1軒目と同じような話だけして、帰ってきた」
「そうですか」

プライベートで健太くんと会うのが何度目かは知らない。だけど、2軒目……それも馴染みのあのバーに連れて行くくらいだもん。かなり仲は深まっているに違いない。これから先も、関係は続いていくんだろうか。ギィ、と心の奥底で鈍い音がする。
ここ最近、色んなことがあった。色んなことが目まぐるしく変化した。私だけが、取り残されたまま。

「もう寝ますね。おやすみなさい」

主任の横を足早に通り過ぎてリビングを出た。
心の奥深くに閉じ込めていた、向き合うことを放棄していた箱が、いつの間にか開いていることに気付かないふりをして。


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