突然ですが、契約結婚しました。
「えぇ〜。一気にお腹空いてきちゃいました」

私達のやり取りを見て、義父さんとお義母さんは微笑ましそうに目尻を下げている。居た堪れなくなって思わず口を噤むけれど、主任はまたも気が付いていない様子だった。
仮にも新婚夫婦のやり取り。義理の両親にはさぞ仲睦まじく見えているだろう。偽装出来ている点に関してはいいんだけど……恥ずかしい!

「お、お義母さん! 何かお手伝い出来ることはありますか!」
「あら、そんなんいいのに」
「いえ! ここまでご準備いただいておいてなんですが、何かさせてくださいっ」

逃げの手を打って、何とか居た堪れなさを切り抜けた。


おせちとお雑煮をたらふくご馳走になって、少し休んでから私達は家を出た。一旦は車を置いておいて、向かうは近くの神社だ。とはいえ、右も左もわからないので私は主任について行くだけだけど。

「主任、昔はバスケットボールしてたんでしたっけ」
「ん? どうしたんだ、急に」
「いや……前に、穂乃果さんが言ってたのを思い出して」

肌を刺すような冷たい外の空気を、絶妙な距離感で並んで歩く。
知らない街並み。知らない空気。隣を歩くこの人のことも、私は多くを知らない。
聞いてみたのは、ただの興味本位だ。

「小学2年から高校2年の途中までやってたな」
「ってことは……10年間も? すごい」
「好きだったからなぁ。高2の途中で膝怪我して、呆気なく辞めたけど」

カラッと主任が言うもんだから、思わず聞き流してしまいそうになった。横顔を見上げてもやはりどこ吹く風の表情で、この人の強さが垣間見えたような。
その時ぶわっと強い風が吹いて、私達の隙間を鋭く駆け抜けていく。

「小澤は? 昔、好きだったことは?」
「好きだったこと……ですか」
「何でもいいぞ。雑煮とか黒豆とか、伊達巻とか」
「それさっき食べたやつじゃないですか」
「好きだったろ、今のラインナップ」

ば、ばれてる。今挙げられたのは、特に箸が伸びた品だ。
なんでそんなとこまで見てるかなぁ……。

「好きだったことなんて、特にないです」
「ないって、本当に?」
「……当時はあったのかもしれませんけど。今の私には、一切思い浮かばないです」

鉄棒は得意だった。体育の時間に、みんなの前で何度も何度も見本として披露した。
だけど、好きだったと言えば嘘になる。

「うち、昔から両親仲悪くて。いつも、どうやったら2人が喧嘩しないかばかり考えてたから」
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