突然ですが、契約結婚しました。
得意だったことは、家にいたくなくて、リビングにいたくなくてただ打ち込んでいただけのもの。そのおかげで、勉強を苦手だと思ったことはあんまりなかった。
「主任のご両親に良くしてもらうたび……普通の家庭って、こんな距離感でこんな空気なんだーって、不思議に思うんですよね」
言葉はするりと口から溢れていた。人に話さないできた過去のことも、人気の少ない、澄んだ空気に包まれた今なら言えた。
「小澤の結婚願望のなさは、そういう背景があるからなのか」
「そうです。どうしたって、結婚を幸せなものだとは思えなくて」
「遠山さんと別れたのもそれが理由か」
隣からの問いかけは、一切の感情を捨て去った機械的な温度で、踏み込むことへの彼なりの配慮が感じられる。そういう人だから、話すことへの抵抗を捨てられてしまうのだ。
「結婚が他人事じゃなくなった瞬間、怖くなったんです。普通の家庭を知らない私には、彼と家庭を築いていける自信なんて持てなかったから」
「普通である必要はないんじゃないか?」
「え……?」
思いがけない言葉に、自分の瞼がぐっと持ち上がるのがわかった。落としていた視線を上げると、僅かに眉間に皺を寄せた主任と目が合う。主任は言葉を選ぶ様子を見せながらも、相変わらず飄々としていた。
「小澤の言う普通が何なのか俺にはわからんが……家庭や人によって、抱える事情は違う。普通なんて、あってないようなものだと思うけどな」
「それは……そう、ですけど」
まぁ、と主任の言葉が続く。
「俺達が選んだ道が普通じゃないのは確かだな」
主任の薄い唇が不敵に持ち上げられる。
「普通じゃなくても、俺は結構好きだぞ、今の生活」
主任の言葉は力強く、芯の通った声で私の耳まで届いた。今の生活──仮初妻の私との契約結婚生活。それを、彼は今、好きだと言った。私を無理に正当化することなく、それでも私を肯定する言葉。
普通じゃなくてもいいのだと、上司時代には見せたことがない笑顔で彼が言うから。
「それ、は……ありがとう、ございます」
戸惑って、胸の奥がくすぐったくて。声が喉の奥でつっかえて、うまく出てこなかった。
家から15分ほど歩いたところにある神社でお詣りをして、2人でおみくじを引いた。こじんまりとした神社は参拝客もさほど多くなく、私達は少しだけ境内を歩いて帰路についた。
家にたどり着くなり、主任が玄関先からお義父さんとお義母さんに声をかけて、車のキーを回収した。
言われるままにガレージに停められた車の助手席に乗り込み、主任の運転で近くの大型商業施設に向かったのだった。
「主任のご両親に良くしてもらうたび……普通の家庭って、こんな距離感でこんな空気なんだーって、不思議に思うんですよね」
言葉はするりと口から溢れていた。人に話さないできた過去のことも、人気の少ない、澄んだ空気に包まれた今なら言えた。
「小澤の結婚願望のなさは、そういう背景があるからなのか」
「そうです。どうしたって、結婚を幸せなものだとは思えなくて」
「遠山さんと別れたのもそれが理由か」
隣からの問いかけは、一切の感情を捨て去った機械的な温度で、踏み込むことへの彼なりの配慮が感じられる。そういう人だから、話すことへの抵抗を捨てられてしまうのだ。
「結婚が他人事じゃなくなった瞬間、怖くなったんです。普通の家庭を知らない私には、彼と家庭を築いていける自信なんて持てなかったから」
「普通である必要はないんじゃないか?」
「え……?」
思いがけない言葉に、自分の瞼がぐっと持ち上がるのがわかった。落としていた視線を上げると、僅かに眉間に皺を寄せた主任と目が合う。主任は言葉を選ぶ様子を見せながらも、相変わらず飄々としていた。
「小澤の言う普通が何なのか俺にはわからんが……家庭や人によって、抱える事情は違う。普通なんて、あってないようなものだと思うけどな」
「それは……そう、ですけど」
まぁ、と主任の言葉が続く。
「俺達が選んだ道が普通じゃないのは確かだな」
主任の薄い唇が不敵に持ち上げられる。
「普通じゃなくても、俺は結構好きだぞ、今の生活」
主任の言葉は力強く、芯の通った声で私の耳まで届いた。今の生活──仮初妻の私との契約結婚生活。それを、彼は今、好きだと言った。私を無理に正当化することなく、それでも私を肯定する言葉。
普通じゃなくてもいいのだと、上司時代には見せたことがない笑顔で彼が言うから。
「それ、は……ありがとう、ございます」
戸惑って、胸の奥がくすぐったくて。声が喉の奥でつっかえて、うまく出てこなかった。
家から15分ほど歩いたところにある神社でお詣りをして、2人でおみくじを引いた。こじんまりとした神社は参拝客もさほど多くなく、私達は少しだけ境内を歩いて帰路についた。
家にたどり着くなり、主任が玄関先からお義父さんとお義母さんに声をかけて、車のキーを回収した。
言われるままにガレージに停められた車の助手席に乗り込み、主任の運転で近くの大型商業施設に向かったのだった。