突然ですが、契約結婚しました。
噛みつく主任の声は一切届いていない様子で、お義母さんは颯爽とリビングを出て行ってしまう。物音の方角的に、どうやら先程荷物を置かせてもらった和室に保管されているらしい。

「本気でリクエストするやつがあるか」
「えぇ? 冗談だと思ってたんですか?」

覚えてろよ、と恨めしそうに眉間の皺が寄せられる。お酒という免罪符があることは、主任もよく知ってるくせに。

「お待たせ〜」
「わ、たくさん! ありがとうございます」
「いえいえ。はいこれ、とりあえず生まれる前から小学校くらいまでのやつ」

どん! とテーブル脇に置かれたアルバムは数冊。一冊がかなり分厚い。
たくさん。たくさん、主任はご両親に大切にされてきたんだな。そう思うと、少しだけ胸が痛む。

「見ていいですか?」
「もちろん。私はぱぱっとテーブル片付けちゃうわ」
「あ、すみません。私もやります!」
「いいよいいよ。まだ可愛かった頃の真緒を堪能しといて」

嫁のわがままを優先して、お義母さんは再び爽やかにキッチンへと立っていく。4人分の片付け。しかもカニ鍋なんて、片付けも大変なはずだ。
やっぱり私も、と席を立とうとすると、向かいに腰掛けていたお義父さんが数瞬早く立ち上がった。

「俺がやってくるよ」
「え! お義父さんまで……!」
「いいから。帰省中くらいゆっくりして」
「そうやでー。大した量でもないしな。あ、お父さんは手伝ってや」
「はいはい」

お義父さんまでキッチンに行ってしまい、いよいよ立場がない。ご厚意だってわかってるけど、さすがに嫁として……。
困って主任に視線を向けると、彼は片眉を下げて小さく頷いた。

「あぁ言ってることだし、任せたらいいんじゃないか。気になるようだったら、明日は俺達がやろう」
「あ……そうですね。今回は甘えさせていただきます」
「ん」

折衷案を提示してもらい、何とか飲み込む。嫁というのは難しい。
気を取り直し、机の上のアルバムを上から一つ手にとってそっと開く。

「わ……!」

思わず声が漏れたのは、アルバムに収められた写真達があまりにも素敵だったから。

「お義母さん、綺麗……」
「えぇ? 嬉しい、照れるわ」
「洗い物してんのに地獄耳か」

息子ならではのツッコミを、お義母さんは華麗にスルー。
写真の中のお義母さんは、愛おしそうに大きいお腹を撫でている。次に、そのお腹に触れるお義父さん。今で言う、マタニティフォトだ。
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