突然ですが、契約結婚しました。
主任が床に下ろした布団を引き取って、手早く広げる。シーツの四方をゴムで留めて布団を広げると、本日の寝床は完成する。

「とってきてくださってありがとうございます。重かったでしょう」
「舐めるなよ、何のためのジム通いだ」
「あはは、確かに。失礼いたしました」

主任がベッドに腰掛ける。その体つきは相変わらず逞しい。加えてこの顔だもんなー。反則だよなぁ、全く。
布団の上に座って盗み見ていると、その視線を悟った主任と目が合う。

「ん? なんだ?」

小首を傾げてこちらを覗き込んでくる。しまった見すぎた、と慌てて頭を振った。

「なんでも。スキンケア終わったので、主任のタイミングで電気は消してくださいね」
「あぁ。じゃあもう消すか」

布団に入るも、中はまだ冷たい。冷え性の私は、家ではもこもこの靴下を履いているんだけど、今回の帰省に持ってくるのを忘れてしまった。あぁ、こんなことなら遠慮せずに湯船に浸からせてもらうんだった。
義実家でいきなり湯船を使わせてもらうことに気が引けて、お風呂はシャワーで済ませたことを今更後悔する。

「っ……くしゅっ」

身震いの後、我慢できずにくしゃみが出る。なるべく小さく抑えたつもりだったけど、主任の耳にはしっかり届いていたようだ。

「寒いのか?」
「あ……すみません、少し冷えちゃって」
「湯冷めしたのかもな。暖房つけるか」
「いえ、もったいないですし大丈夫です」
「遠慮せんでいい」

暗闇の中でピッと高い音がして、すぐにエアコンの音がし始める。

「ありがとうございます」
「ん」

主任の短い返事が返ってきて、私は真っ暗な天井を眺める。
時刻は23時30分を過ぎたところだ。眠気はまだ訪れていない。うーん、初めて泊まるお家で緊張しているのかしら。普段の寝付きはわりといい方なんだけど。

「……小澤」
「はい?」
「ちゃんと寝られそうか?」

絶妙なタイミングでそう言われ、思わず声を漏らしてしまう。主任がごろんとこちらを向く気配がした。気遣われていることはすぐにわかった。

「大丈夫です。ちゃんと寝られますよ」
「……知らん土地の知らん家で、しかも俺の部屋って、嫌だろ」

案ずる声色。だけど、舐めないでほしい。

「知らない土地でも知らない家でもないです。ここは主任の地元で、主任のご実家。ちゃんと知ってる場所です」
「……それはそうだが」
「確かに慣れない場所で緊張はしてますけど。主任が引け目に感じることなんか、一つもないです」
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