どっぷり愛して~イケメン社長と秘密の残業~
決して逃げることのできない現実が、そこにはある。
私はいたって普通の家庭に生まれた。
中流家庭というのだろうか。
貧しくもないし、特別金持ちでもない。
サラリーマンの父と、元保育士の母、そして3つ上の兄。
私が小学校の高学年になる頃まではごく普通の家庭のはずだったのだが……
当時中学生だった兄が、同級生を妊娠させてしまった。
そこから、我が家の歯車がかみ合わなくなってきたのは確か。
「ただいま」
真っ暗な部屋に入り、ただいまを言うのは、猫のマロンがいるから。
散らかった部屋。
たまった洗い物。
なんとなく臭う部屋。
父が長期出張でいない時は、こんな調子。
母は、2年前からうつ病になったのだ。
苦労をしてきた人だから、限界だったのかもしれない。
ある日、突然料理が作れなくなった。
笑顔がなくなった。
夕方になると、涙を流すようになった。
体調の良い日は、元気なこともあるし、昔の母に戻ったような日もある。
父がいる日は、最大限の無理をして頑張っている母がいて、それを見ているのもまたつらい。
兄はと言うと、15歳で父親となったわけだけど、結婚することはなく、金銭面の援助と認知という形で責任を取った。
相手の子とは、高校を卒業後に結婚する約束をしていたんだけど、そう人生は甘くない。
親同士のいざこざや、子育てをしながら高校へ通う彼女のストレスもあり、結局別れることになった。
母は、辞めていた保育士の仕事に戻り、毎日必死で働いた。
私は、あの小久保の妹だぞ、って噂されることも多く、中学時代はちょっと辛かった。
誰も知らないところへ行きたいと思い、かなり離れた高校へと進学した。
兄のこともあり、思春期からずっと私には性行為に対しての恐怖があった。
妊娠って、おめでたいことのはずなのに。
お兄ちゃんの彼女が妊娠した時、そこには誰も喜ぶ人はいなかった。
みんなが泣いて、みんなが怒って……
赤ちゃんがかわいそうだなって思った。
私は絶対に望まれない妊娠はしたくない。
だから、嬉しかったの。
今日、圭史さんがちゃんと避妊してくれたこと。
もういい大人だから、避妊しない人も多い。
誠意を感じたし、同じ空気を持った人だなって……
なんだか運命を感じる気がしたの。
でもね。
相手は社長で。
万一のことを考えると……
私に子供ができてしまい、慰謝料や養育費だけをもらって私一人で育てるのかな、とか。
考えちゃう夜もある。
トラウマになってる。
結婚します!おめでとう!っていう結婚が理想だったけど、世の中にはそうじゃない人もたくさんいる。
両親に、私まで心配かけちゃうことになるのかな。
私は窓から月を見つめた。
「……圭史さん、圭史さんが社長じゃなかったらいいのに」
そんなことを考えてしまう私は、彼女失格ですか。