隣のブルーバード
 当時、俺は母親を亡くしたばかりだった。
 
 世界からすべての色が消え失せ、面白いとか楽しいとかといった感情はどこかに行ってしまっていた。

 母親を思い出すたびに、ぐすぐす泣いてばかりいた。
 
 その最悪の状況から少しずつ立ち直ることができたのは、沙希が幼いながらも、必死で俺をいたわってくれたからだった。

 
 
 今でも鮮明に覚えている。

 幼稚園の参観日に、沙希がお母さんに「ママ、来ないで」と泣きながら頼んでいたことを。
 裕生くんのお母さんも来ないんだから、ママも来ちゃダメだと。

 俺が寂しい思いをしないようにって。

 他の子たちが母親に甘えて、寄り添って帰ってゆくなか、沙希は俺の手を取ってぎゅっと握ってくれた。
 
 大丈夫。裕生にはわたしがいるんだから。
 そう、伝えるように。

 沙希がいなかったら、俺の性格はもっと歪んで、鼻もちならないほど嫌な奴になっていたんじゃないか、と思う。

 それぐらい、おれにとって大きな存在だった。
 いや、今もそれは同じ。

 沙希は俺のすべてだ。 その大事な沙希が高校生になって、俺じゃない相手に恋をして、そして失恋した。

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