大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
 


 青ざめて座る咲子の前で、茶筅(ちゃせん)通しの音がする。

 茶筅通しはお茶を点てる前に、穂先を温めてやわらかくしたり、あらためたりするための動作だが。

 流派によっては茶碗に軽く三回当てて、微かに音を立てる。

 真言密教の灑水(しゃすい)という(きよ)めの儀式から来ているという話を聞いたが。

 いや……なにも浄まらないっ。

 今、まさに夫に殺されようとしているのに、なにも浄まらないし、静まらないっ!

 咲子の鼓動は速く。

 息が荒くならないよう、抑えるのに必死だった。

 母家から離れた茶室は静かすぎ、ちょっとした息遣いまで行正に聞こえてしまいそうだった。
< 131 / 256 >

この作品をシェア

pagetop