大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
「そのあとは、伊藤の屋敷に寄って、ばあやと祠までお散歩したり」

「あの祠か。
 なにを祈ったんだ?」

「だから、家内安全、健康第一ですよ」

 家内安全の意味が前とは変わってきましたけどね、と咲子は思う。

 今や、伊藤の家も行正と暮らすこの家も、行正の実家も含めて、家内だ。

 長く生きていくと、大事なものが増えてって、祈る範囲が広がってくんだな、と咲子はしみじみと思っていたが。

 何故か、行正はちょっと機嫌が悪かった。

 その顔をじっと見ていると、
『早くお前を孕ませて捨てようと思っているのに。
 何故、子宝祈願をしないんだ』
という行正の心の声が聞こえてきた。

 そうでした。
 この人は、私を孕ませて捨てたい人でした。

 最近、ちょっとほっこりした時間が続いていたので、なんとなく、仲の良い夫婦のような気がしていましたが。

 この人が、毎晩、執拗に私を手篭(てご)めにしようとしてくるのは、そのためでしたね……と思い出す。
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