恋なんてしないと決めていたのに、冷徹御曹司に囲われ溺愛されました
 スーパーで挽き肉や玉ねぎなどの材料を買い、駅から徒歩で十分ほどのところにあるアパートに帰る。
 築四十五年の木造アパートの一階の角部屋が私たちの家。間取りは1K。
 オンボロアパートで事故物件だが、駅に近くて月たった三万円の家賃で住めるのが魅力だ。
 引っ越しも一時期考えたのにここにまだ住んでいるのは、歩のことを考えてのこと。
 養育費がこれからもっとかかるだろうし、弟はまだ母の死を乗り越えていないように感じる。
 三年前に母が亡くなった時、警察から連絡があって歩と一緒に沖縄まで迎えに行ったのだけれど、病院の安置所に置かれた母の遺体を見て、当時二歳だった歩は『ママ、冷たい』って無機質な声で言っただけで、一滴も涙を流さなかった。
 感情に乏しいんじゃなくて、母の死をまだよく理解できなかったんだと思う。
 ドアを開けて中に入ると、部屋の奥にある母の遺影に歩と一緒に手を合わせた。
 自分のことしか考えていない人だったけど、それでも私と歩にとってはたったひとりの母。代わりはいない。
 
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