断罪された公爵令嬢は元婚約者の兄からの溺愛に囚われる
ここは、皇城の地下牢の最下層。大犯罪者や、逃してはならない罪人を収容している場所。陽の光も入らず、薄暗く、陰気だ。
独房に、ブツブツと小さな声を漏らしている大男がいた。
「くそ、あの人形女が全部嵌めたんだ……。兄上はあの女に騙されて、それで俺とリリアンをこんな目に……。あの純粋なリリアンが自ら乱交をするはずなんて、ないのだから……」
それは、見事に落ちぶれた元第二皇子、イーサンであった。
「許さない……。皇族として悪は見逃せない……。リリアンを救い出して、俺が皇帝にならなくちゃ……」
意識を保つためか、はたまた無意識なのか、うわ言を続けている。
食事を運ぶ兵士は、その尋常ではない変わり果てた姿に、表には出さないものの、恐れて不気味に思っていた。
その日は、珍しくも、イーサンに面会が訪れた。マントを羽織った、中年の男だ。
兵士は、事務的に案内をして見張るつもりだった。しかし、独房の扉があいた瞬間、眉間に衝撃が走り、声も出す間もなく、暗転する。
兵士をあっという間に伸したマントの男は、イーサンの前で、フードを取った。
「馬鹿息子め、迎えに来たぞ」
「……! ハーゲン叔父上」
「もうお前は第二皇子ではなくなったのだから、父上と呼びなさい」
その人は、ハーゲン皇弟殿下。現皇帝の弟で、イーサンの実の父親である。
現皇帝の息子は一人しかいないため、予備として、養子となったのだが、その事実は皇族と一部の上層部にしか知られていない。
「お前を皇帝にしなくてはならない。さっさとこのような所は出るぞ」
「――はい、父上」
二人は、突破不可能とされる皇城の地下室を脱獄し、世間を大きく騒がせることとなる。