断罪された公爵令嬢は元婚約者の兄からの溺愛に囚われる
12.エステル
黒猫は、俺の足元まできて頭を下げた。その後、猫の口から人間の言葉が紡がれる。
「あの、ジャック皇太子殿下。私です。貴女の婚約者だったエステルです」
「は?」
「だから、隣国の王女のエステルですってばー! 大変なんです! 貴方のヴィクトリアが!」
人間らしい表情で黒猫が慌てている様子は滑稽だ。第一、本当にエステル王女だったとして「庶民になりたいので死んだことにします! 邪魔者だからって殺さないで!」って懇願してたのに、何故現れる。
「エステル王女だと? 何故俺のヴィクトリアと一緒にいた? 何が目的だ」
「お腹空いて迷い込んだ屋敷が、ヴィクトリアの公爵家だったんです! ってそれはいいんです」
黒猫が身を乗り出して、続けて喋り出す。
「ジャック皇太子殿下、私はヴィクトリアの誘拐現場を見ました。連れ去られた場所を知っています。だから、助けて!」
思わず苛立って舌打ちをした。
この黒猫はヴィーの屋敷をうろちょろとしていた。もしヴィーを害そうとしているなら、いくらでも殺すチャンスがあったはずだ。
だが傷つけるどころか、連れ去られた場所を知っているという。些か怪しいが、貴重な情報である可能性が高い。
「……場所は何処だ?」
俺は黒猫を脇に抱いて急いで外へ出た。必ずヴィーを助けなくてはならない。
こいつの悲鳴が耳障りだが、仕方がないだろう。