断罪された公爵令嬢は元婚約者の兄からの溺愛に囚われる

 顎を掴まれていた手が外れると、イーサンは短剣を取り出した。刃物にどきりとするが、必死に心臓を落ち着かせる。

「……そうだな。足だけは外すか」

 しゃがみこんだイーサンは、両足首の中央にある縄を短剣の刃で切り取った。足首に縄が残ってしまっているが、自由に動かせるようになった。

(これで逃げられる……っ!)

 イーサンが立ちあがろうとするその瞬間、わたくしは思い切り膝を曲げる。そしてイーサンの顎を目掛けて、思い切り飛び跳ねた。

「あがぁっ!?」

 見事、イーサンの顎にわたくしの渾身の一撃が効いたようで、顎の衝撃のまま床に倒れた。
 脳震盪しているようで、驚いた表情のまま動かない。

 その隙に、急いで鉄格子の扉から出て、通路を走る。
 手首は拘束されたままだし、まだ安心できないけど、張り詰めていた恐怖心が僅かに和らぐ。

(よかった、抜け出せたわ!)

 階段を見つけ、息を潜めて降る。他に人がいるかもしれないから、物音を立てないように。
 三階分降りたところで、誰かが登ってくる足音がする。慌てて階段からそれて、物陰に隠れ様子を伺う。すると、よく見知った姿が目に入る。

「ジャックさま!? えっ、ルナも!?」

 ばっと振り返ったのは、汗をかいたジャックさまと、人間みたいに驚いているルナだった。

「ヴィー!!」

 ジャックさまはわたくしの名前を呼んで、ぎゅっと包み込むように抱きしめてくれた。
 そして後ろ手に拘束されている縄を切ってくださって、絞り出したような声で、言葉を紡いだ。

「怖い目に合わせてすまない……」

 そう言うジャックさまの身体は、僅かに震えていた。
 暖かな体温に、ジャックさまの匂い。わたくしの居場所はここだと、自由になった腕で、ジャックさまを抱きしめた。

「ジャックさま。助けに来てくださって、ありがとうございます」

 足元には、ルナがすり寄ってくれて、無事で良かったと安堵する。
 きっとジャックさまが助け出してくださったんだわ。本当にお優しい方。

 一息ついたところで、階段からドタドタと何者かが降りてくる。

「ヴィクトリア゛ァァァァ!!!!」

 地を這うような怒声が響き渡る。この声はイーサンだ。激情が階下まで伝わってきて、わたくしの身体は再び震えた。


< 37 / 53 >

この作品をシェア

pagetop