断罪された公爵令嬢は元婚約者の兄からの溺愛に囚われる
顎を掴まれていた手が外れると、イーサンは短剣を取り出した。刃物にどきりとするが、必死に心臓を落ち着かせる。
「……そうだな。足だけは外すか」
しゃがみこんだイーサンは、両足首の中央にある縄を短剣の刃で切り取った。足首に縄が残ってしまっているが、自由に動かせるようになった。
(これで逃げられる……っ!)
イーサンが立ちあがろうとするその瞬間、わたくしは思い切り膝を曲げる。そしてイーサンの顎を目掛けて、思い切り飛び跳ねた。
「あがぁっ!?」
見事、イーサンの顎にわたくしの渾身の一撃が効いたようで、顎の衝撃のまま床に倒れた。
脳震盪しているようで、驚いた表情のまま動かない。
その隙に、急いで鉄格子の扉から出て、通路を走る。
手首は拘束されたままだし、まだ安心できないけど、張り詰めていた恐怖心が僅かに和らぐ。
(よかった、抜け出せたわ!)
階段を見つけ、息を潜めて降る。他に人がいるかもしれないから、物音を立てないように。
三階分降りたところで、誰かが登ってくる足音がする。慌てて階段からそれて、物陰に隠れ様子を伺う。すると、よく見知った姿が目に入る。
「ジャックさま!? えっ、ルナも!?」
ばっと振り返ったのは、汗をかいたジャックさまと、人間みたいに驚いているルナだった。
「ヴィー!!」
ジャックさまはわたくしの名前を呼んで、ぎゅっと包み込むように抱きしめてくれた。
そして後ろ手に拘束されている縄を切ってくださって、絞り出したような声で、言葉を紡いだ。
「怖い目に合わせてすまない……」
そう言うジャックさまの身体は、僅かに震えていた。
暖かな体温に、ジャックさまの匂い。わたくしの居場所はここだと、自由になった腕で、ジャックさまを抱きしめた。
「ジャックさま。助けに来てくださって、ありがとうございます」
足元には、ルナがすり寄ってくれて、無事で良かったと安堵する。
きっとジャックさまが助け出してくださったんだわ。本当にお優しい方。
一息ついたところで、階段からドタドタと何者かが降りてくる。
「ヴィクトリア゛ァァァァ!!!!」
地を這うような怒声が響き渡る。この声はイーサンだ。激情が階下まで伝わってきて、わたくしの身体は再び震えた。