英雄となった騎士は置き去りの令嬢に愛を乞う
(ヴィクター!)

 懐かしい瞳の色をしたヴィクターは、しかし一瞬の後に顔の向きを変えてしまう。そして隣にいる皇女マリアに微笑み、言葉をかけるとマリアは満開の花が咲いたように笑った。

「あぁ……」

 英雄となった彼が今更シャーロットのことを覚えているはずはない。二人の思い出に捕らわれているのは自分だけだ。皇女マリア、ヴィクターのマントと同じ深紅をまとう彼女こそ、彼の意中の女性なのだろう。

「……もう、いいわ」
「お嬢さま」

 ヴィクターが出立して以来、シャーロットは時間をみつけては祈りの間に行っていた。静寂な部屋で聖典を開き黙想と祈りの時間を持つ。

 人込みを離れて馬車に乗り、辺境の邸宅に戻る。本屋敷から離れたところにある別宅の祈りの間に行くと、シャーロットは頭にかぶっていたベールを脱いで手袋を外した。祈りの間は別宅の奥まったところにある。

「しばらく祈っているから、もう大丈夫よ」
「はい、わかりました」

 護衛たちはシャーロットが邸宅内にいるとあって、普段通りの動きとなる。

 重厚な扉の前に立つと、シャーロットは力を入れて取っ手を押した。ぎぃ、と軋む音が鳴りながら開いていく。人が通ることのできる間ができたので、シャーロットは身体をねじりながら中に入った。

(どうして祈りの間の扉はこんなにも重いのかしら)

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