大人の青春は。

大人の青春は。

学生達は早く大人になりたいと願う。
だが、また大人も学生に戻りたいと思う。
それはなぜか。
そう問われた時、《もう一度青春をしたい》
直ぐにこの答えが出るだろう。
ではなぜ大人はあの頃の青春を繰り返すことが
出来ないのか。
多くのことを理解してしまったからだ。
学生達は知らない事を自分の知識にしようとたくさん学び、たくさん悩み、必死になる。だから大人になることは簡単なのだ。
でも大人達は経験で得た知識のせいで、純粋な心を失っていく。その知識や経験たちをぜろにすることはできない。
面白かった映画をもう一度記憶を消して見直したいと思ったことはないだろうか。
その感覚に近いだろうと私は思う。
そんな大人になった私がした短い青春の物語である。

彼と出会ったのは寒い冬の日だった。
私の会社のビルの隣には塾がある。
遅くまで残業した日は学生たちが単語帳や教科書などを持って出てくる。
そこには教科書や単語帳が不自然に見えてしまう程のたくさんのピアスをつけた彼が、いつも私の会社のビルを見上げていた。
「何年生?」
と私は声をかけた。
彼は黒く長い髪をかきあげながらじっと私の方を見た。初めて見た彼の目はナイフのような鋭さを持っている。
「高3」
7歳年下の彼は太く低い声でそう言った。
尖った雰囲気を持った彼は、学生時代の私によく似ていて興味が湧いた。
「いつもうちの会社見てるよね。就職したいの?」
彼の隣のガードレールにカンッと音を立てて手と腰をかけ少し話すことにした。
「ここで働いてる人達は、みんな雲の上の人達に見える」
「どうして?ここはそんなに大きい会社じゃないよ」
「会社じゃない。シワひとつないスーツを着て、たくさんの書類を詰めた鞄を持って、そんな人たちを見ると俺は本当に大人になれるのかって思う」
「なれるよ。大人になるのって君達が思うよりすごく簡単なんだよ。スーツも書類を詰めた鞄も自然と似合うようになっていくのよ」
「本当かよ」
彼はそう言いながら左の口角をあげてフッと笑った。
その後も他愛ない会話は30分ほど続いた。
これが私たちの出会いのきっかけになった。
それから私たちは会う度にガードレールの前で学校の話や会社の話をした。
出会って2ヶ月が経ち、その頃にはお互いに彼の凛太郎(リンタロウ)とゆう名前をリンタ、私の純恋(スミレ)とゆう名前をスミさんと呼ぶようになった。
その日は初めてのお出かけで、最近の流行なんて分からず、どの服を着ようか1時間も悩んだ。
結局黒のタイトスカートに白のトップスになってしまったが、スカートなんて久々に履いた。
駅の改札前にはすでに彼がいて、イメージとは違いシンプルな服を着ていた彼は少し大人びて見えた。
「リンタ!ごめん待たせちゃったね」
と私が彼の元へ駆け寄ると、
「スカート履くのに時間かかったの?」
とからかうように私を見て彼は笑う。
私が頬を膨らますと、
「いいじゃん」
と彼は小さく呟き歩き始めた。
少し心臓が痛むのを感じながら、私も彼の後ろを追いかけた。
ショッピングモールでは本当に楽しい時間を過ごした。お揃いの携帯カバーを買い、流行りのホラー映画を見て、お昼はふたりでラーメンとステーキをシェアして食べ、その後はゲームセンターで色んなゲームをした。
その日だけは仕事の事やこれから先の事も全部忘れて本当に学生に戻ったような気分で、彼といる時間が夢のようだった。
それから私たちは土曜休みの日は必ず出かけるようになった。
彼のバイト先の居酒屋にも行った。
「スミさん俺も飲んでいい?」
と彼は私が飲んでいる生ビールに少し口をつけた。
「こら!もー、だめじゃん」
と私が言うと彼は顔を歪めながら、
「まず〜。こんなん飲める気しねぇよ」
と言った。
「無理に飲もうとしなくてもそのうち飲めるようになるよ。あと2年我慢しなさいね!」
その時の彼の顔は怒った顔でも笑った顔でもなく悲しい顔をしていた。
彼と出会って5ヶ月が経つ頃、もう彼は高校を卒業して志望していた大学にも入学が決まっていた。
家から離れている綺麗なホテルでお祝いをした。
私はその日のことを死ぬまで忘れることは無い。
その日が彼と会う最後の日で初めて体を重ねた日だったから。
優しく不慣れな手や唇が私の身体をなぞる度に息が止まる。
彼の息がかかり声が耳に響く度、私の脳は溶けてしまいそうで怖かった。
彼は終わった後、大きく温かい体で私を包み込んだ。
「スミさん。俺もうすぐビールが飲めるようになるんだよ」
そう言った彼の目には大粒の涙が溢れていた。
私は必死に溢れそうになる涙をぐっと堪える。
その日の帰り道、彼と私は手を繋ぎながら歩き、たくさんの思い出話をした。
そして彼は手を離し、私に背を向け言う。








「純恋さん。結婚おめでとう。さようなら」

そして私は家に帰ると大人に戻る
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