お嬢様は完璧執事と恋したい

「どうなってもよくはないですね」

 だが緊迫した状況下でも朝人は冷静だった。

「お嬢様は嫁入り前なので、変顔を撮影してばら撒くのは止めて差し上げてください」

 朝人が場違いな発言をするが、それはただの陽動だ。床に転がされたままだったので手首の拘束は外せなかったが、立ち上がってしまえば肩や肘の周辺は自由に動かすことができる。

「あ? 何言ってんだおま……ぇぶぅっ!」

 か弱い女性を人質にとれば優位に立てると考えていただろう男は、朝人の発言に怪訝な声を漏らした。だが疑問を最後まで発することはできない。

 男の意識が反れた瞬間、澪は腕を振り上げそのまま背後の男のみぞおちに思いきり肘を突き入れた。予期せぬ衝撃に身体をくの字にして悶絶しているところ申し訳ないが、それだけで済ませるつもりはない。

 半歩踏み出した反動でくるりと振り向くと、その勢いのまま相手の顔面を足で払う。といえば少し聞こえはいいが、実際は『顔を思い切り蹴り飛ばす』だ。

 完全に油断していた男は澪の足技をまともに食らい、積んであった段ボールの山に背中から勢いよく突っ込んでいった。なおも起き上がってくるならもう一度蹴りを入れてやろうと思っていたが、男は「ぐぅ、うっ」と呻き声を発するとそのまま微動だにしなくなった。
< 30 / 61 >

この作品をシェア

pagetop