お嬢様は完璧執事と恋したい
誘拐されたときよりも、よほど挙動不審に聞き返してしまう。思わず大声を出すと、朝人が小首を傾げる。
「帰ってもいいですよ。私は別に疲れておりませんので」
「え、つ……疲れた! 私、早く休みたい!」
「では宿を探しましょう。もう遅い時間ですし、今からだと難しいかもしれませんが」
そう言って自分のスマートフォンを取り出した朝人は、突然の出来事で思考が上手く追いつかない澪を放置して宿を探し始める。急展開のあまり自分でもどんな表情をしているのかわからない澪に対し、朝人は悔しいぐらいにいつも通りだ。
「取れました。夕食の提供は難しいそうですけど、温泉には入れるそうですよ」
動揺する澪をよそに、朝人がなんでもないことのように予約完了の報告をしてくる。澪が首だけで頷く様子を見て、朝人もようやく車のエンジンをかけた。
(朝人さんと……温泉……!)
澪は動揺したが、同時に歓喜に震えていた。突然の誘拐劇に心身ともに疲れ果てていたはずなのに、このような僥倖に巡り合うとは。誘拐も捨てたものではない、と言ったら朝人にも父にも怒られるだろう。
だが思わずそんなことを考えてしまうほど、朝人との関係に進展のない澪にとって『二人だけの外泊』は嬉しい出来事なのだ。