お嬢様は完璧執事と恋したい

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「では何かあったら連絡してくださいね」
「え、ちょ……ちょっと待って!?」

 土曜の真夜中に突然宿泊することになった割に、小綺麗な温泉旅館の上質な部屋に泊まれることになった。人里離れた隠れ家的な宿でも、温泉街の一等地というわけでもない。なのに利便性もさほど高くないという中途半端な立地のせいで、観光客には不人気なのだろう。急な予約にもかかわらず、宿屋の女将には逆に歓迎されてしまった。

 しかし今は女将のご機嫌などどうでもいい。

「一緒に寝てくれないの?」
「寝るわけないでしょう。何をおっしゃってるんですか」
「だって……!」

 二人きりの外泊にすっかり舞い上がっていた澪は、朝人が電話で取り付けた予約内容を完全に聞き逃していた。てっきり同室だとばかり思っていたのに、実は二部屋おさえているとは思ってもいなかったのだ。

 執事としては完璧かもしれないが、あまりに真面目で律儀すぎる。澪の就寝準備を確認し、そのまま立ち去ろうとするなんて。

 しかも彼は澪が貸し切り風呂に入っている間も外で見張りをしていたらしく、未だにスーツ姿のままである。浮かれた澪は備え付けられた浴衣にうきうきと着替え、しかも『もしも』を想定して身体の隅々まで磨き上げて、丁寧に『準備』をしたのに。
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