お嬢様は完璧執事と恋したい
「こ、怖いの……思い出しちゃうから」
「華麗に蹴り入れてたじゃないですか」
「それはそれでしょ!」
見知らぬ三人にかどわかされたばかりの澪だ。幸か不幸か女性としては一切興味を持たれなかったのでトラウマが残る状況にはならなかったが、怖い思いをしたのは事実だ。
腹いせと自己防衛のために男の顔を思いきり蹴ってしまったものの、あれは恐怖と朝人が来てくれた嬉しさからの勢いづいた行動だ。緊張状態が緩和された今になって恐怖が再燃するのも、当然の反応だと思う。
「朝人さん」
だから今この場で唯一信頼できる朝人に、傍にいて欲しい。恐怖を思い出さないように今夜だけは一緒にいて欲しい。
「……お嬢様が眠ったら、私も自分の部屋に戻ります。あなたが寝るまでの間ですよ」
「うん!」
いつも元気な澪が珍しくしおらしい態度だからだろう。年齢の離れた妹のわがままを聞き入れるように『仕方がないですね』と呟く朝人に、澪も密かに安堵した。
フロアマップを見るに、澪が泊まるこの部屋は館内で最も大きな造りらしい。格子窓から渓流が眺められる広い和室には高さ五、六センチほどの畳が設置され、その上にクイーンサイズのマットレスが乗せられていた。
和風ベッドの傍に立つと、彼のスーツの裾をぎゅっと握りしめる。