お嬢様は完璧執事と恋したい
「朝人さんと結婚するから無理、って言えばいいのかしら」
「やめてください。私の首が飛びます」
「……それは困るわね」
冗談ではない。それが澪の本心だ。
だが口にすれば父は『バカなことを言うな』と澪を𠮟りつけるか、『娘に手を出しているのか』と朝人を糾弾するか、あるいはその両方が同時にやってくるかもしれない。その結果、朝人が執事を辞めさせられる可能性もゼロではないのだから、口が裂けても言葉に出さないのが賢明だ。
「さあ、いい子ですから準備をしてください。沢城と須藤様にドレスを用意させておりますので、先に着替えを。十七時にはジョエル氏がお母様の支度を終える予定です」
むすっとしたままリビングルームに棒立ちになっていると、朝人に優しい声音で支度を促された。
ちなみに沢城は澪の身支度全般を担当するこの家のメイドで、須藤は邑井家のファッションを一括して監修する女性ファッションコーディネイター、ジョエルは澪と澪の母のメイクやヘアスタイルを担当する男性の専属スタイリストである。
同じくパーティに参加予定である母の準備が進んでいることを知ると、重たいため息を漏らさずにはいられない。そんな澪の憂鬱を感じ取っているはずなのに、結局何も言ってくれない朝人に残念な気持ちが湧き起こってしまう。