お嬢様は完璧執事と恋したい

 朝人や沢城をはじめとする邑井家に仕える執事やメイドは人材派遣会社に所属する使用人で、実は父に直接雇われている訳ではない。澪は雇用条件等の詳細を把握していないが、直接雇うより派遣会社を通した方が双方にメリットがあるのだという。

 その人材派遣会社で大規模な人事異動があると聞き、澪はぱちくりと瞬きした。

「元々課長に相当するポストには就いていたんです。人数も少なく正社員より契約社員の方が多い部署ですが、私ももう十年以上勤務している身なので。そろそろ管理側に回ってはどうか、と上から打診があったんです」
「え……と? つまり朝人さんは、会社で昇進するってこと?」
「そうです。今は人材派遣部の家政課長と実働の執事業務を兼任していますが、秋の人事異動で管理部の部長に就任する予定です」

 朝人の説明にようやく状況を理解する。つまり彼が邑井家の執事を辞める理由は、澪や父に問題があるのではなく、所属会社内の事情にあるということだ。

 しかしだからといってすぐに納得できるものではない。彼がこの家に仕え始めて早十年。ずっと傍にいた朝人がいなくなるなんて、簡単には受け入れられない。

 事実を知って落ち込む澪だったが、神野の

「執事とお嬢様という関係じゃなくなったら、自由に恋愛できますね」

 という言葉に、再び動きがピタリと止まった。

 正面に座る神野の顔を見つめる。澪の視線を受けた神野もにこりと微笑む。
< 52 / 61 >

この作品をシェア

pagetop