お嬢様は完璧執事と恋したい

　だが今夜の朝人は澪の行動を諫めない。それどころか、自分も同じ行動をしても良いかと聞いてくるので、澪はどきどきしながら首肯した。

「珍しいね。朝人さんが自分から四十七階(ここ)に来るなんて」
「そうですね」

　朝人は基本的に澪の部屋には立ち入ってこない。その絶対原則は父の命令でも澪が拒否したからでもなく、朝人が一線を引いていることの現れだった。澪の気持ちを理解しているからこそ、あえて踏み込む隙を与えないために深入りしない。そんな印象があった。

　けれど今夜は、朝人が自ら澪の部屋までやってきた。それは澪から朝人に近付くのではなく、朝人から澪へ近付くこと――広い解釈をすれば、澪が朝人に向ける恋愛感情を受け入れられたようにも感じられた。

「寂しいな。ずっと傍にいてくれた朝人さんが、いなくなっちゃうなんて」

　朝人が澪の気持ちを受け止めてくれる理由は、今の関係に終わりが迫っているからだろう。ここでの勤務を終えて執事とお嬢様という関係が解消されれば、また違った未来も見えてくるはずだ。

　だから長年仕えてくれた朝人が辞める寂しさを感じつつも、彼の意思を受け入れることにする。第一線を退いて管理職になり会社で昇進するのは喜ばしいことだ。それに澪がこれまで懸命に伝えてきた想いまで、消えてなくなるわけではない。