お嬢様は完璧執事と恋したい
確かに、まだ終わっていない。契約を終えるその日までは、彼の言うとおり『お嬢様と執事』の関係が続く。それが完璧な執事として振る舞う朝人の矜持なのだろう。
それでも本心と建前が違うことをもう知っているのならば理性なんてなくていい。もっと素直に、本能のままに、冷静でいられなくなるぐらいに。
「じゃあ、私からするのはいいよね?」
「お嬢さ――」
隣に座る朝人のスーツをぐっと掴む。そして驚いた表情のまま固まる彼の唇に、自分の唇をそっと重ねる。
音もなければ、味もない。なんなら感触もほとんどない。
ほんの一瞬の出来事のあと、顔を離して朝人の表情を確認する。
「も、もう……朝人さん、身長高すぎよ。これじゃ、ちゃんと届かない……じゃない」
照れ隠しの言い訳がだんだん小さくなっていく。顔にじわじわと熱が集中して、自分からキスしたくせに恥ずかしさから顔を上げられなくなる。
薄暗がりの中では、表情まではちゃんと確認できないだろう。それでも恥ずかしいから何か言って欲しかったのに、彼は澪の言葉が聞こえていないのか無反応のままだ。