お嬢様は完璧執事と恋したい

「参りました、降参です」

 ぼそりと朝人が呟いた言葉は、確実に澪の耳へ届いた。その台詞の意味を尋ねようと顔を上げた瞬間、視界がくるりと反転する。

「え、なに……っ」

 ぐい、と腕を引っ張られて朝人の脚の上に座らされる。いや、座るとよりも横抱きに近い。座ってはいるが、これで立ち上がれば完全なお姫様抱っこの状態だ。

 急に体勢が変わって驚く澪の肩を、朝人の腕が下から支えてくれる。さらに反対の手で顔にかかった髪を払われ、じっと見つめられながら頬を撫でられる。いつもは感情の読めない朝人だが、今は優しい笑みを浮かべている。薄暗い部屋の中でも表情までよくわかる。

 その姿に見惚れていた澪の唇に、朝人のゆっくりと唇が重なった。

「ん……」

 逃げないようにしっかりと身体を拘束されているのに、触れ合った温度は心地いい。自分からスキンシップを求めることはあっても、朝人から触れられることはないので、緊張のあまりぎゅっと目を閉じてしまう。

 カチコチに緊張していると、唇の上で朝人の口が薄く開いた。澪も小さく口を開けると、口内にぬるりとした何かが入り込む。

「ふ、っ……あっ……んん」

 びっくりした澪が目を開くと、朝人は澪の反応をじっと窺っていた。その視線がまた熱を帯び、獲物を捕捉する猛禽類のような鋭さを孕んでいることに気付く。

 背筋に甘い痺れが走る。捕まって、囚われて、食べられてしまうのではないかと本能的に怯えてしまう。
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