お嬢様は完璧執事と恋したい

 三十三歳なら朝人さんと同じ年齢ね……とこっそり呟く澪をよそに、父が楽しそうに神野へ話しかけている。澪には父の言葉が中身のない称賛に聞こえたが、神野自身はさほど気にしていない様子だ。社交辞令の応酬にげんなりする澪を余所に、父は大層ご機嫌である。

「そんなに謙遜しなくてもいいだろう」
「ゴフッ」

 父が豪快に背中を叩くので神野は思い切りむせこんでいたが、澪はそれを見なかったことにする。

 父はあくまで身内の紹介という形をとり、決定的な踏み込み方はしてこない。だが目的や意図は明白だ。しばらくは二人のやりとりに笑顔をはりつけたまま相槌を打っていたが、澪は父の都合に振り回されるつもりはなかった。

「お父様、私、少し飲みすぎてしまったみたいです。少々席を外しますね。神野様、失礼いたします」
「平気? 休める場所まで付き添おうか?」
「大丈夫ですよ。ありがとうございます」

 父の相手をしつつ、澪に対する気遣いも忘れない。やわらかい表情と丁寧な言葉遣いに悪い印象は感じなかったが、それでも澪は神野の誘いを丁重に断り、その足で会場を出てすぐの廊下にあるお手洗いへ向かった。しかし気分を入れ替え次第パーティへ戻ろうと思っていたのに、鏡に映った自分の疲れた顔を見るとその気力も一気に消え失せた。
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