お嬢様は完璧執事と恋したい
「もう、抜けちゃおうかな」
鏡の中の自分がそう言った瞬間、澪の心は完全離脱の方向へ傾いた。
綺麗なドレスを着て、長い髪を可愛くまとめて、自分でするより百倍美しく見えるメイクを施しても意味がない。着飾った姿を見て褒めて欲しい相手はいつだって想いを寄せる朝人だけなのに、彼は今日も支度を終えた澪の姿を見てくれなかった。
先ほどはたまたまエレベーターに乗り込む直前で発見されて連れ戻されたので、朝人も澪の専用フロアである四十七階の奥まで入ってきた。だが彼は父へ仕える執事でことと年頃の女性であることに配慮しているのか、積極的には澪に近付いてこない。一度傍を離れてしまったら、呼び出さない限り澪の前には現れないのだ。
専属の運転手を呼ぼうと思ったが、会場にいる父や母に連絡が入って連れ戻されるのは嫌だった。興味のない相手との結婚を暗にほのめかされる時間は、もうたくさんだ。
だから両親に悟られぬよう、ホテルのロータリーに待機していたタクシーで帰宅する。
友人の一人に帰宅の旨を連絡すると『お疲れさま』と『笑』の絵文字が返ってきたので、澪の心情は察してくれるだろう。彼女たちも皆、大なり小なり同じような境遇に頭を悩ませているので、表立って澪の行動を諫める人はいなかった。