叶わぬ恋ほど忘れ難い
店長が既婚者であると知ったのは、古本屋の仕事にも随分慣れた、アルバイト三ヶ月目のことだった。
古本屋では買い取った物が商品になるため、在庫が極端になることが多い。
人気作の最新刊を買い取ることは多くないし、買い取ったとしても店頭に並ぶとすぐに売れてしまう。逆に大多数の人が手に取るコミックスの一巻や二巻の買い取りはとても多いが、大多数が読み、すでに内容を知っているためなかなか売れない。
そのため、在庫過多になったものを定期的に姉妹店や本部の倉庫に送るのだ。
この日わたしは店長と一緒に、在庫の整理をしていた。
そして昔読んでいた漫画が同じで「崎田さんって本当に五歳下? 年齢詐称してない?」なんて言って笑い合ったあと。店長は少しの間口をつぐみ、ぼんやりと天井の蛍光灯を見つめてから、こう言った。
「崎田さんなら、俺の奥さんとも仲良くなれるかもね」
返事は、すぐにはできなかった。彼の口から発せられた言葉を頭の中で繰り返し、意味が分かると絶望した。そして、失恋を確信した。
彼の左手薬指に指輪があることには、アルバイト初日に気付いていた。
でも綺麗な装飾がある少し太めの指輪だったし、同じデザインのブレスレットを付けていたから、ファッションとしての指輪だろうと、勝手に思っていた。
それに店長はいつもコンビニ弁当やファストフードを食べていたし、残業もとにかく多い。定時で退勤したとしてもスタッフルームに居残り、閉店時間までスタッフたちとカードゲームに興じていたりする。早めに帰った日や休日も、お客様対応で十分後には店に駆けつけたりする。
そんな人が既婚者だと、誰が想像できようか。
あまりの現実に打ちひしがれても、すぐに正気を取り戻し「かもしれませんね」と返した。