叶わぬ恋ほど忘れ難い
口では言っても、この人の奥さんと仲良くなれるとは思えなかった。
そりゃあ趣味は合うだろう。同じ人を好きになったのだから。
でも奥さんとわたしじゃあ、決定的に違うものがある。それは好きな人と一緒になれたか、恋に破れたか、だ。奥さんはこの人の隣を歩く権利がある。この人と同じ名字を名乗り、同じ家で暮らし、同じものを食べ、愛を囁き合い、素肌に触れることができる。
わたしには何もない。唯一あるのは、同じ店で働くことくらいだ。奥さんの権利を奪う権利もない。
でもこの三ヶ月、大事に温めてきた恋心は、もう後戻りできないくらい大きくなっていた。
店長の顔を見ないよう細心の注意を払い、持っていたコミックスを段ボールに入れた。
「……いつ、ご結婚されたんですか?」
声が震えてしまわないよう、こちらにも細心の注意を払った。
「今年の始めかな。こっちに転勤する前。遠距離は無理そうだったから」
「新婚さんじゃないですか」
「そうなるね」
「早めに帰ってあげてくださいね。奥さんきっと寂しがってますよ」
言いながら腕時計を見ると、もうすぐ十八時。店長の退勤時間が迫っている。
「時間までに在庫整理が終わらなければ、月島さんとやりますので」
月島さん――副店長の名前を出すと、途端に「なんで?」という鋭い声が降ってきて、弾けたように顔を上げた。
見ると店長は、少し不機嫌な様子で、わたしをじっと見下ろしていた。
「……なんでと、言われましても……」
「在庫整理は俺がやり始めたことだから。時間を過ぎたとしても、最後までやる。途中で放り出すような無責任なことはしない」
黒縁眼鏡の奥の目も、鋭く見えた。
ああ、失敗したな、と思った。新婚のこの人と定時で帰らせようと言ったことだけれど、仕事を途中で変わるというのは無責任だった。特に彼はこの店の店長だ。店を任されている以上、大きな責任は常にあるのだ。
ひどく落ち込み、鋭い目をじっと見つめながら「すみませんでした」というのが、精一杯だった。
それから在庫整理が終わり、数箱の段ボールを店の奥にある倉庫に運び終わる十九時過ぎまで、わたしたちは口を開かなかった。
それが終わると店長は「お疲れ」と短く言って、帰って行った。