叶わぬ恋ほど忘れ難い
翌日は店長がお休みだったから、次の出勤日に会ったらきちんと謝罪をしようと思っていた、のに。
夕方、店長が店にやって来て、本棚の掃除をしていたわたしに、いつも通りごく普通に「崎田さん崎田さん」と話しかけてきた。
隣に、すらっとした長身の美女を伴って。
「これ、俺の奥さん」
短い紹介のあと、美女はわたしを見下ろし「佐原景子です」と名乗って笑った。
「あっ、さ、崎田邑子です、店長には大変お世話になっております」
慌てて自己紹介をして深く頭を下げると、彼の奥さんが履いているパンプスが目に入った。
ワインレッドの、美しいパンプスだった。ポインテッドトゥで、アンクルストラップはパールのような装飾品が付いている。ヒールは七センチくらいあるだろうか。ただでさえすらっとした彼女がさらに長身に、さらに美脚に見える。
同時に、自分の足元も目に入った。この店で働き始めるときに買った、ハイカットの黒いスニーカーだ。昔からなぜかスニーカーが絶望的なほど似合わなくて、学生時代はローファー、高校卒業後には踵の低いパンプスを履いていたけれど、古本屋の仕事は荷物を運んだり走り回ったり掃除をしたり脚立に上ったり。身体を使うことが多いため、スニーカーが望ましいと言われ、急遽買ったものだ。相変わらず絶望的に似合わない。
頭を下げると、奥さん――景子さんはもう一度にっこり笑う。
「祐介から聞いてる。よく働く良い子だって。頑張ってね」
「は、はい、ありがとうございます」
綺麗な人だ。グレーアッシュの長い髪はふわふわと揺れ、切れ長のつり目はとてもクールな印象だ。身長は、ヒールの分を引いたとしても百七十センチはあるだろう。なにより、長身の店長と並ぶと、とても画になる。
「じゃあ祐介、私立ち読みしてるから。早くしてね」
景子さんはそう言うと、靴音を響かせ、雑誌のコーナーの方へ向かって行った。
視界の隅で、レジカウンターにいた学生バイトの亜紀ちゃんが、ぽっかりと口を開けているのが見えた。