叶わぬ恋ほど忘れ難い

「学生の頃にへそピアスを開けようとしたらしいけど、腹に穴を開けるなんてさぞ痛かろうって、一ヶ月悩んでやめたって」
「ふふ、奥さん可愛いですね」

 黒髪を腰まで伸ばし、原色系の服と派手なピアスを身につけ、寒色の化粧をした一見クールビューティーな月島さんの奥さんの、可愛らしい一面を聞いて思わず破顔すると、月島さんは「でしょ」と自慢げに言った。羨ましくなるくらい微笑ましい夫婦だ。


 結婚というものに、憧れはある。
 月島さんご夫妻もそうだし、パートの大友さんがたまに連れて来る子どもたちはとても可愛らしい。特に上の子のヒロキは懐いてくれていて、店に来るたびわたしのお腹に抱きつき甘えてくる。かと思えば「べつに邑子に会いに来たわけじゃないし」と突き放し、そそくさとカードゲーム売り場に行ってしまう。
 七歳の子のツンデレが堪らなく可愛い。

 大友さんはお客さんがいないタイミングを見計らって、もうすぐ一歳になるという下の子を抱かせてくれたりもする。子ども特有の甘い香りは、幸福のにおいだと思った。

 でもわたしは、こんな幸福を手に入れられるだろうか、とも思う。

 わたしは店長に、本気の恋をした。決して叶うことがない、一生消えることがないであろう本気の恋だ。
 それを抱えたまま、他の誰かと恋をして結婚をして、幸福だろうか、と。

 夫と過ごし、子どもを抱き締めているとき、この本気の恋を思い出してしまったら……。きっと罪悪感で押しつぶされてしまうだろう。そんな失礼なことはできない。

 だからわたしはこの恋を、身体から、細胞から、本能から全て追い出さない限り、次の恋はできないと、心に決めた。


 一頻りわたしの耳を触り、観察した月島さんは、「また見せてね~」と何やらご機嫌な様子で、倉庫へと向かって行った。


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