叶わぬ恋ほど忘れ難い
入れ替わるように、パソコンデスクにいた店長が、レジカウンターまで出てきて、わたしの左耳を覗き込む。
ついさっきまで月島さんがいた場所で、月島さんと同じことをしたから驚いたけれど、耳の様子が気になるのだろうから、そちらを見ずに作業を再開させた。
「痛みは?」
「ありません。赤みも引いたでしょう」
「うん、そうみたいだね。でも心配で……」
そう言う店長の声は、なんだか元気がない。もしかしたら夕方いずみんが「身体に穴を」と騒いだのを、気にしているのかもしれない。
月島さんは容赦なくわたしの耳を引いて、じっくりゆっくり観察していたというのに、店長はある程度の距離を保ったまま。
それが、店長とわたしの距離だ。
どんなに恋い焦がれようが、気が合おうが、仲良くなろうが、近付くことはできない。
その距離のまま、こちらを覗き込んでいる、わたしよりずっと背の高い店長を見上げる。
「……正直に言うと、」
「え?」
そんな切り出し方だったため、彼はぴくんと肩を揺らし、黒縁眼鏡の奥の瞳を陰らせる。
「正直、軟骨ピアスを開けたことを、さっきまで忘れていました。それくらい、痛みも違和感もないんです。だから、そんなに心配しないでください」
前置きが前置きだったせいで、身構えていた店長は、わたしの答えを聞いてふっと肩の力を抜いた。
「なら良かった」
「はい。痛みには慣れていますので」
「もう六つ目だしね」
わたしのちょっとした意地悪を、店長は笑って許してくれる。その整った顔をくしゃりとして、とても楽しそうに。
――痛みには慣れている。
それは果たして、ピアスホールを開けた痛みか。恋に振り回された、胸の痛みか。
彼は前者だと判断して、わたしは心の中で後者を指差す。
すでに、今までの恋より遥かに多くてつらい痛みを、この人相手に味わっていたから。きっとこれから先も、どんどん味わうことになるだろうと覚悟した。