叶わぬ恋ほど忘れ難い
白とピンクを基調とした女の子らしい可愛い部屋に入ってすぐ、わたしは夜食用に買ってきたサンドウィッチにかじりつく。
あずみんはお土産のプリンを食べながら、ベッド脇に置いてあった紙袋を、こちらに押して寄越した。
「一週間千六百円」
「あ、有料なのね」
「まけてほしい?」
「ふふ、いいよ、ありがたくお借りします」
言うとあずみんは眉根を寄せて「食い下がれよ」と非難する。
「じゃあ千五百円にまけて」
「タダでいいよ、別に」
「ありがとう、あずみん大好き」
「ああ、いい、そういうの」
素直じゃないあずみんの不機嫌顔を見て笑いながら、紙袋の中を確認する。
コミックスが二十冊。これが、こんな夜中に友人宅を訪問した理由だ。
今秋公開の映画の原作漫画。一緒に観に行く約束をしたため、その予習に借りることにしたのだ。
店からさほど離れていない場所に住むあずみんは、現在この二階建ての一軒家で一人暮らしをしている。
お父さんが単身赴任中に腕を骨折し、お母さんがお世話に行ってしまい、お兄さんも会社近くで一人暮らしをしているため、この広い家にあずみんひとり。
そのためいずみんもわたしも、仕事帰りに遊びに来たり泊まったり、自由に過ごさせてもらっている。そうじゃなければこんな時間に訪ねてくる友人なんて、迷惑でしかないだろう。
「で? 不良の邑子は休憩中に軟骨に穴開けたって?」
空いたプリンの容器をくずかごに放って、あずみんは身を乗り出し、わたしの左耳を覗き込む。
「不良じゃないけどね」
横顔にかかっていた髪を耳にかけ、見やすいように右を向くと、あずみんは「うわあ……」と低い声を出し、顔をしかめた。
「骨に穴を開けるんだから、不良か度胸が有り余ってるかのどっちかでしょ」
「その二択なら後者かな」
「和泉も言ってたよ、虫もころさないような純情な邑子が変わってしまったって」
「虫はころすけどね。今日も仕事中に腕にいた蚊をたたいちゃった」
言いながら右腕を見せると、小さな赤い点と、掻きむしった痕がある。あずみんはさらに顔をしかめて、無言でかゆみ止めの軟膏を塗ってくれた。
優しいあずみんに感謝しつつ、罪悪感もある。
どれだけ仲良くしていても、大事に思ってくれていても、心配をしてくれていても、わたしはふたりに、わたしがしている恋の話をすることはない。ピアスを増やした理由すら言わない。
生涯叶うことのない秘密の片想いは、誰の耳にも入れてはいけない。これは、そういう恋なのだから。